<永遠dive>











あぁ・・・SEXしたい・・・。





せわしなくタバコの煙を吹かしながら浅倉はかなり座った目で悶々としていた。
永遠diveツアーが始まってからと言うものこの欲求は次第に浅倉の中で大きくなっている。
と言うのも原因は解っている。貴水だ。
ライブの回数を重ねるにつれてどんどんと過激になっていくパフォーマンスは折り返し地点の今でさえもかなり際どい。
まぁ、だいたいどのライブであっても貴水のこの手のパフォーマンスは過激になって行くのが常だが、今回はスタート地点からしてレベルが違った気がする。
それは恐らく貴水にしてみれば安心感のようなものなのかも知れないが、去年一年露出が多すぎる浅倉の衣装にツアー初日にはまだ慣れない貴水が躊躇いを捨てきれなかったせいで大人しかったというのがここ最近のツアーだった。
それが今回は久しぶりに露出を抑えた衣装になったせいか貴水の躊躇いが少ない。
その安心感と去年までの異様なノリがあいまって今年は最初から既にツアー後半のような状態なのだ。過剰に触れてくるその手に躊躇はない。密着もハンパないし、貴水曰くパフォーマンスであるそれは浅倉の至る所にキスを降らす。




こっちの気も知らないで・・・。




奔放な貴水はそんなパフォーマンスをしたという事よりもライブの盛り上がり、客の反応を楽しんでいるだけで、されている側の浅倉がどんな気持ちになっているかなんてお構いなしなのだ。




盛ってんじゃねーよ、このサルが。




浅倉のイラつきはそのままタバコの本数に比例する。

そもそもここのところ忙しくてまともにしてないのだ。その事を貴水はどう思っているのか。
新曲レコーディング、ライブリハ、次なる新曲の打ち合わせ。その間を縫うようにして行われる自分のクラブイベント。禁欲生活は何カ月になったか。
どうせ貴水はその間にもどこかで発散してるんだろうけれど、そんな暇もない浅倉は他で発散する様な暇すらない。
それとなく貴水を誘ってみるがこっちのスケジュールを気遣ってか、大ちゃん、ちゃんと休まないと・・・なんて殊勝な事を言ってみせたりする。
その癖その罪な笑顔で浅倉を甘やかしてくれたりなんかするもんだから浅倉的にはたまらない。触れるだけのたくさんの挨拶のようなキスと労わるような優しい微笑み。そんな風に甘やかす暇があるなら今すぐベッドにdiveしたいなんてくだらないダジャレを思い浮かべて悶々としているのだ。

こう見えて貴水は口で言うほど性生活に対して貪欲じゃない。むしろ貪欲なのは浅倉の方だ。
いや、浅倉の場合忘れている時は本当にきれいさっぱり忘れているのだが、一旦どこかに火が付くとそれが燻り続けるのだ。
そうなってしまうとそれこそ口で言うのも憚られるような痴態を演じる程溺れてしまいたくなる。
とは言え、自分からと言う勇気は浅倉にはない。あくまでもきっかけは相手からが良いのだ。
これが浅倉の厄介なところで、それこそ始まってしまえば相手が戸惑うくらいに貪欲になるのだが。

そんな性癖の浅倉と貴水は相性がいい。貴水はちょっとのきっかけを投げるのが上手いのだ。そして相手の出方如何によってはスッと引く手際も。
常にやらしいと公言している貴水は淫靡な空気を作るのも上手い代わりに、それをあっさり冗談として流す呼吸も心得ていて、相手を無理強いしたりは決してしない。育ちのいい男なのだ。もちろん女に不自由したことがないからそんな余裕も生まれたのかも知れないが。
普段はそんな貴水と浅倉の駆け引きは心地よいくらいピタリとはまって、それはそれは浅倉を満足させてくれるのだが、この立て込んだスケジュールのせいなのか、今回はそれが上手くはまらない。
恐らく貴水はこの浅倉のハードスケジュールに気を使っているのだろう。もしくは音楽に熱中すると性欲の欠片もなくなる浅倉を熟知しているのだろう、浅倉のこの悶々とした思いに全く気付いていないのか、恐らく本人だってそう言う気持ちがない訳じゃないはずなのにことさらそういう雰囲気に持ち込もうとしない。
その癖ステージの上では際どい自称パフォーマンスを繰り返すのだからたちが悪い。

ガチガチとライターを擦って次のタバコに火をつけた。タバコでも吸って気を紛らわせないとこの中に燻ったものを収める事は出来そうもない。
今日のステージも・・・。




全く襲われてーのか、この野郎。




心の中で毒づいてみせても結局のところ自分からは何も出来ない自分を解っている浅倉は余計に目を座らせて盛大に煙を吐き出した。
昨日だってそうだ。ライブとライブの間、束の間のオフだと言うのに。





あれじゃあまるで中坊のデートかよ。




クラブツアーはスタッフも少ないせいか共に行動する事も多い。一緒にお昼を食べに行ったり、夕食を食べに行ったり。ホールツアーではあまりしないようなこじんまりとした内輪での行動も何となく新鮮で嬉しい。
大勢のスタッフがいる中ではやはりそれぞれの事務所の関係やら、関わる人数の違いから何となくバラバラだったりするものが、クラブツアーではスタッフの手間もあるのだろう同じ車に乗り合わせたりとライブがなければただの旅行のような雰囲気ですらある。
今回は中一日の休みがあったがそのまま次の場所へ向かう事になっていて、本当に旅行気分を味わえるようなスケジュールだったのだ。
クラブイベントを終えた浅倉が貴水の部屋をノックする事だって簡単な事だ。次の日は何もないのだし、少しくらい久し振りの恋人気分を味わっても罰は当たらないだろうと思っていた。それなのに。
訪れた貴水の部屋ではストレッチの真っ最中で、お疲れ大ちゃんと優しい笑顔で迎え入れてくれたが甘い雰囲気になどなりようもなく、浅倉は焦れてわざと貴水のベッドに寝転がって見せた。それなのに。



「疲れちゃった?いいよ、ちゃんと布団入って寝なよ。」



「ヒロは?」



「ん?もうちょっとストレッチするよ。ちゃんとケアしておかないと全力でステージ立てないからね。」



「ねぇ寝ようよ。」



「何?一人じゃ寝れないの?しょうがないなぁ。」



クスクス笑いながらやっと浅倉の隣に横になった貴水はポンポンと優しく浅倉の髪を撫でた。



「おやすみ、大ちゃん。」







ストイックなんてクソくらえだ。
自分がこんなに誘ってるのに、明日はオフだってのに、さっきのステージで露骨にモーションかけてきたのはどっちだよ。





思えば苗場の時もそうだった。
DJイベントが終わって帰ってくるとてっきり寝てるとばかり思った貴水は起きていて、大ちゃん残して寝れるわけないじゃんなんて期待を持たせるような甘いセリフを吐いたくせに、人の顔を見た途端安心しきって爆睡しやがったんだ。
確かに出先で2人の関係を知らないスタッフもいない訳ではないからそれなりに自重すべきところは自重しなくてはならないが、部屋に入ってまで自重しなくてもいいだろう。それこそ悶々としている方が身体にも悪い。
だいたい貴水はその気になったりはしないんだろうか。パフォーマンスとして割り切って、それでおしまいなんだろうか。

あぁそうだ、この男はそういう男だった。
周りの反応が楽しくて何度もやってしまう、ガキと同じだ。そこに意味はない。
いつだったかニコ生に出た時もそんなような事をした。
何気なく抱き寄せたその行動に、初めてまじまじと見る弾幕に興味を持った貴水は涼しい顔で浅倉のこめかみにキスをした。そこにはセクシュアリティの欠片もなくて単なる興味本位。それも行為にではなく反応に。
だから多分今回もそうなのだ。ライブ中に行われる数々の行為は彼曰く本当にパフォーマンスなのであって、そこに特別な意味はない。単に周りの反応が楽しくてどんどんエスカレートしているのだ。それに自分一人が悶々としている、その事が浅倉には面白くない。
灯った熱はどこに向ければいいのか。
それじゃなくても長い禁欲生活の最中にそんな事をされれば嫌でも反応するし、欲しくなる。
40も過ぎていい加減落ち着けよと思わなくもないが、その行為に溺れるように仕向けたのは他でもない貴水だ。責任は取ってもらわないと困る。
それなのに、涼しい顔で付き合いたてのカップルみたいなもどかしさばかりを浅倉に与える。一緒にご飯を食べて美味しいねとか、一緒にステキな景色を見てきれいだねとか、そんな事がしたいんじゃない。
いや、それだってしたい訳なんだけれども、それだけじゃ足りない。
そう、足りないのだ。
ライブの最中に見せるあのエロティックな貴水を見せられてそれで足りるはずがない。ましてまるで前戯のように艶めかしく触れてくるのだから。
好きな男にそんな風に触れられて感じないはずがない。
ライブの熱か、前戯の熱か判断がつかないくらい熱くなって、その一瞬後にお疲れ様でしたなんてさらりと躱されたらこの悶々とした思いは何処へぶつけたらいいのだ。
優しさは時には罪だ。
貴水の良さはその優しさでもあるけれど、こういう時は後先考えないでがっついてくれるのが優しさなんじゃないかなんて、40過ぎのオッサンがまるで乙女みたいな事を考えている事にも腹が立つ。

結局はどうする事も出来ないのだ。
プライドが高すぎて自分からは誘えない。
かと言って相手がすぐそばにいるのに自慰行為で済ますなんて癪に障る。




抱けよ、まったく。




もはや凶悪な目つきになった浅倉は何本目か解らなくなったタバコを灰皿に押し付けた。
いい加減支度をしないとまた疲れてるんでしょ?なんてあらぬ方に気を回されても困る。
問題はすべて1回のSEXで片が付くのに、取りあえずは。もちろん1回で終わらせるつもりなんてさらさらないけれど。


さて、あの罪作りな能天気男をどうしてくれようか。
この胸の内に燻った妖しい疼きをどう知らしめてやろうか。
どうしたらあの男がすべてをかなぐり捨てて欲望にdiveしてくるんだろうか。
同じように飢えさせたら、あるいは・・・。


そう考えて浅倉はニヤリとする。




いつまでも過激なパフォーマンスが自分だけの専売特許と思うなよ。同じ思いを味あわせてやる。

ツアーは折り返し地点。

どっちが先に根を上げるか、必ず情熱的にdiveさせてやるから。自分をこんな風にさせた罪を思い知れ。




浅倉はフフンと鼻で笑うと、汗ばんだ衣装を脱ぎ捨てた。












END
 20130518