<僕のホストちゃん2>









「ねぇ、いつになったらヒロは僕とエッチしてくれるのぉ?」



「はぁ!?」



オレは思わず飲んでいたコーヒーを盛大に吐き出すところだった。一体、何を言い出すんだ、こいつは。
正真正銘の日本男子、しかもホスト歴までそこそこあるオレに対して、どう見たって女には見えない目の前の男がエッチしてくれるって。
それはつまり単なるアルファベットの「H」ではなくてH=SEXって事ですよね!?
ゴホゴホと咳き込みながらなんとか口の中のものを粗相しないで済んだオレを目の前の自称天使だそうな彼は「想像したら興奮しちゃった?」なんてありえない事を言ってくる。
オレは慌てて周りを伺う。こいつといると寿命が縮まる気がする。



そもそもなんでこんな男とこんな風になったかと言うと、オレのお節介のせいだ。
全くタイミングが悪かったとしか言いようがない。
振られた直後に遭遇したのが地獄の一丁目だったというわけだ。それ以来付きまとわれている。
オレもこんな職業柄、男友達も少ないし、真っ当な生活をしている友達をおいそれと呼び出すわけにはいかない。
家庭持ちだっているし、そもそも仕事だ。
そんな隙をついてこいつは映画に行こうだの、美味しいお店見つけただの、暇つぶしにはもってこいの誘い方をしてくるもんだから断りづらい。
それに最近解った事だが、こいつはほっとくと食事もしない。
自称天使とは言え生身の人間であるわけで、食べなきゃ死ぬだろ。そう言うと、仕事に熱中しすぎて忘れてたとけろりと言うのだ。
どんな仕事なのかは知らないが、これだけ時間に自由が利いているという事は、オレと同じような自由業なんだろう。
だからこそ昼日中から彼氏との逢瀬を楽しんでいたわけで・・・って、止めよう。こいつの事なんてどうでもいい。とにかくこの迷惑千万な腐れ妄想をどうにかしなくては。



この男、どうやら世に言うホモってやつで、振られたって言うのも男なのだと言う。
そしてさらに迷惑なのはオレを好きだという事。
どこまで本気なのかは知らないが、初めて会った日にいきなりそんな事を言われてからずっとこんな調子なのだ。
だから、オレにはそういう趣味はないんだって言ってるのに。

ジロリと睨み付けると「そんなヒロもカッコいい。」なんて、全く手におえない。
今日も突然の食事の誘いに、たまたま近くで仕事を終えたばかりのオレが捕まったって訳だ。

確かにこいつの誘ってくる店は間違いがない。
きっと今まで付き合った男にいろいろ連れて行ってもらってたのだろう。どことなく大人びた、雰囲気のいい店が多い。
あぁもう、そんな事はどうだっていい。こいつの事を考えるのは止めよう。



チラリと時計を見ると5時になろうかと言う頃だった。
これからディナータイムになるのだろう。その隙間の時間は人もまばらで居心地がいい。
だからと言ってこういうところでそういう発言をするこいつの神経が解らない。



「あのさ、何度も言ってるけど、オレにはそういう趣味はないわけ。」



「そういう趣味って?」



「だから!」



「あぁ〜また、だからって言った!ヒロ、すぐだからって言うんだもん。だから星人なわけぇ?」



「だから星人ってなんだよ。」



「こういう人♪」



「・・・。」



もうやめよう。
こいつとまともに話そうとしたオレがバカだった。

オレは目の前のこいつを見ないようにしながら、カップに残ったコーヒーを飲みほした。

またいつものペースだ。本当にこいつのペースにはまると碌な事はない。
だったら会わなきゃ済む話なんだが、無視し続けてたらいつの間に探し当てたんだか、オレのマンションの前でニコニコ笑っていた。アレはホントにゾッとした。
オレが女だったら完全に犯罪だろって思うんだが、どう見たって世の中的にオレの方が分が悪すぎる。
例え警察に行ったところでオレの外見の方が不利な事は火を見るより明らかだ。まぁ仕事を聞かれたら余計に不利になるだろうけど。
最初に本人が言ったように、オレの仕事を妨げるような事はしないし、こいつからの誘いを断ったところで別に何てことはない。
ただそれが何回か重なるとまたオレのマンションの前で「来ちゃった。」なんて言ってニコニコと笑っているのだ。
そっちの方がよっぽど気味が悪い。
もはや完全にストーカーだろ・・・って思う。
まぁ、強制的に何かをするわけでもないし、いわゆる変質的な気持ち悪さはないし、こんな風に食事に連れて行ってくれたりと良心的なところもあるのがこのストーカーの狡いところだ。
というか、自分にしみついたヒモな性質がこの上もなく恨まれる。
結局のところ楽なのだ。もしこれが本当に女だったら、これほど都合のいい女はいないだろう。
この困った性格を除けば・・・だが。


美味しそうにコーヒーを飲む目の前のこいつを見ながら、オレは今日何度目かのため息をついた。
こうしてみるとホントに何てことない普通の男なのにな。
こいつの口から飛び出す言葉の突飛さに、どんどん感覚がマヒしているようで怖い。



「ねぇ、ヒロはさ、僕の事、どう思ってるの?」



「はぁ?」



突然の問い掛けに、あぁ、また堂々巡りだと思う。今日は会った時からずっとこんな調子なのだ。



「どうって言われてもさ、オレはアンタとは違うし。アンタに対して何の感情もありませんけど?」



「冷たいなぁ、ヒロは。折角いい男なのになぁ〜。」



物憂げに見上げてくるその視線に騙されたらダメなのだ。
絶対にこいつはとんでもない事を言い出すに違いない。それは過去の多くはない経験でも身に沁みる程知っている。



「てかさ、何なの?オレになんて言わせたいわけ?」



若干イラつきつつあったオレは突き放すようにそう言うと、まるで見捨てられたとでも言うように切ない目をしてみせ
る。
だぁ〜もぉ〜何なんだよ!!



「僕さ〜この通りとってもいい恋人じゃない?だからさ〜あきらめてくれないんだよね〜。」



「何が。」



「ん・・・。元カレがね〜ヨリ戻そうなんて言ってきててさ〜。僕にはヒロがいるからぁ〜。」



「いねぇだろ!いつ、オレがアンタの恋人になったんだよ!!」



「もう、ヒロったら、照れなくてもいいのに♪」



・・・脳みそが限界だ。
こいつはきっと外国人なんだ。うん、そうだ。だから日本語が不自由なんだ。そうそう。



「ちょっと聞いてる!?」



目の前から睨み付けるように見つめているその視線に、未知の生物に対する優しさで微笑んで見せる。



「良かったんじゃない。大好きな元カレだったんでしょ。ヨリでもなんでも戻したら?」



「もしかしてヒロ、妬いてる?」



「妬いてねぇよ。」



一体どこをどうとったらそういう発想になるんだ。
あ、いや、こいつは日本語の不自由な外国人なんだ、そうだ、そうだった。
とは言え、一度別れた2人が元に戻ってもそうそう上手くいくはずがないのが世の常だけどね。
まぁ、100%無理って訳じゃないし、そもそもこいつがその男とどういう関係性だったかにもよるから何とも言えないけど。
取りあえず元サヤに収まってくれればもうオレには付きまとわないでいてくれるだろう。
それだけでもオレにとってはありがたい話だ。



「でもね・・・。」



しんみりとこいつには珍しいトーンで話し出す。



「割り切ってても辛いもんだよね。先がない関係だもん。」



自嘲気味にクスリと笑う。



「ゲイなんて先がないのは解ってるけど、彼はバイだったから。奥さんも子供もいるんだ。
だから、僕を一生選んではくれないって事。
所詮僕は火遊びの相手。本気になっちゃいけないんだよ。何も求めちゃいけなかったんだぁ・・・。」



笑いながら言うこいつは今にも泣きだしそうな顔で。



「ビジネスだったのかなぁ。ヒロと一緒じゃん。僕もホストじゃん。」



ムリに笑顔を作ろうと顔を歪めるその目頭に光るものを見つけたような気がしたが、それより早くそれを隠すように俯きながら空笑いをしてみせる。



「泣くくらいなら、割り切れば?金でもなんでも貰ってそれで良くない?」



酷い事を言ってるのは解ってた。でも何故だかムカムカしていた。
確かにこんな商売だし、いろいろ言われるのには慣れてるけどそれでもだ。
金を貰って割り切れる関係ならそもそも付き合うとかそんな面倒な事はしなくて済んでいるはずだし。
金を貰っても割り切れない事だってない訳じゃない。



「泣いてなんかないです〜。何言ってるのヒロは。」



「あっそ。悪いけど、恋愛相談には乗れないから。オレはアンタとは違うし。
ようは不倫でしょ?良いわけないじゃん。一時の快楽の為だけなら金で買えって事。」



「わぁ!ホスト的な発言!!」



茶化しながら目の前で笑うこいつに何故か腹が立った。



「結局、ヨリ戻したいんでしょ。お互いにとって都合がいいから。だったらいいじゃん、別に。
好きとかなんとか言ってるけど、結局気持ちよりも自分好みのセックスが欲しいだけでしょ。」



突き放すようにそれだけ言うとオレは財布から数枚お札を取り出すと奴の目の前に突き出した。
するとそのお札を突き返してきながらぐっと唇を噛む。



「そんな気持ちならヒロなんか好きにならない。」



オレは突き返されたお札をそのままに奴を残したまま店を出た。何とも後味の悪い食事だった。

























 

あれから1か月。オレは平穏な日々を過ごしていた。
あれ以来アイツからの電話もメールもぷっつり途絶えた。
家に帰って来て少し冷静になるとやっぱりちょっと言い過ぎたかなとは思ったが、こっちからそれを謝る気にもなれず、そのまま時間は過ぎた。
1週間を過ぎる頃、今まで通りの生活にオレは段々とアイツの存在を忘れていた。
何であの時あんなに腹が立ったのか、多分この仕事に対する不満のようなものがあったのかも知れない。
別にそんな事考えた事もなかったが、金で身体も偽物の愛情も切り売りするこの仕事にある種の空しさのようなものを感じていたのかも知れない。
仕事の時は客の欲する男を演じる。決して素じゃない。
作っているものを如何にナチュラルに素のように見せるか、そんな事ばかりに長けていた。
そう言えばあんなに感情を露わに怒ったりしたのもどのくらいぶりだったんだろう。
アイツといると演じる必要がない。その事にオレは随分癒されていたのかも知れなかった。

あの後、どうしたんだろう。
これだけ連絡がないという事はきっとヨリを戻したんだろう。
まぁ、それで良かったんじゃないか。例え不倫関係だとしてもそれに支えられている人だって世の中にはたくさんいる。
男同士だとしてもその辺は同じだろう。解り合える相手がいるっていう事は幸せな事に違いないから。




仕事終わりの友人と久々に飯を食ってほろ酔い加減で帰ってくるとマンションの植え込みのレンガの上にぽつんと座り込む人影が見えた。
薄闇の中、マンションのエントランスから漏れる灯りに映し出されるそのシルエットに嫌な見覚えがあった。
オレは頭を抱えたい気持ちでため息をついた。すると相手もこっちの気配に気づいたのか顔をあげる。その顔がいびつに歪められた。



「エヘヘ。来ちゃった。」



座り込んだままのそいつの前を無視して通り過ぎようと視線を落とす。
そのまま足早にすり抜けようとした時、視界の端にありえないものが見えて思わず立ち止まってしまった。



「靴・・・。」



オレの言葉にそいつは片側のつま先をきゅっと丸めてみせた。



「忘れて、来ちゃった。」



片側だけ靴のないその足は、恐らくここまでそのまま歩いてきたんだという事を証明するかのように靴下が汚れていた。



「忘れてきたって・・・。」



「エヘヘ、僕、ヒロの事ばっかり考えてうっかりしてたね。」



「うっかりしてたって。」



思わずそいつの肩を掴むとビクリと身体を強張らせた。
不審に思って掴んだ肩から手を離すと困ったように笑うそいつの顔を見て驚いた。



「なっ!!どうしたんだよ、それ!!」



さっきは気付かなかったが、彼の髪に隠された左頬は赤黒く腫れていた。明らかに誰かに殴られたような跡だった。



「ぶつけちゃったの。僕、うっかりしてたから。」



「ぶつけたって、それ明らかに違うだろ!!」



「ほんとだよ!!大した事ないんだから!!」



必死にそう言うその姿は、良く見るといつもきちんとしていた彼には珍しく髪も着ているものもボサボサでくちゃくちゃだった。



「ったく!!」



オレは舌打ちをすると座ったままのそいつを引きずるように立たせた。



「そのままじゃ帰れないだろ。来いよ。」



「え?ヒロん家行ってもいいの?」



「しょうがねえだろ。」



「フフフ、初ヒロん家だ。」



「ヘラヘラ笑ってんじゃねーよ。」



「はぁ〜い。」



片足靴下、顔には赤黒い跡、どう見ても普通じゃない恰好の男を引きずってエントランスを抜ける。
途中すれ違った人に不審そうな顔をされたけど構うもんか。
玄関のドアを開けるといつもの場所に鍵を放り投げ、戸惑っているそいつの靴と靴下を脱がせた。
「おじゃまします。」と小さく呟いてオレの後をついてきたそいつをリビングに残すと、オレは取りあえず着るもの一式とバスタオルを手に取るとリビングに戻った。



「ハイ。」



ポカンとしたままのそいつにそれらを手渡すと顎をしゃくってバスルームの場所を告げた。



「どっから歩いてきたか知らないけど、取りあえずきれいにして。話はその後。」



「でも・・・。」



「オレん家が汚くなるから言ってんの。アンタの為じゃないから。」



「ん・・・ごめん。」



トテトテとバスルームに向かうそいつの後ろ姿をため息で見送るとオレはソファにドカッと腰を下ろした。

全く、なんだってんだ。折角元の平穏な暮らしを取り戻したと思ったのに。
自分のこのお節介な性分が本当に恨めしい。

それにしても、あの顔、尋常じゃないよな。しかも靴、片方無くしてくるってどんな状態だよ。
明らかに何かから逃げてきたとしか思えなんですけど。
1か月近く連絡も寄越さないと思ったらいきなりコレかよ。
って、連絡が欲しかったわけじゃないけどさ。一体どんな厄介ごとを抱え込んでいるんだか。
まぁ、順当に考えたら元カレ、ですかね?
やっぱり一度別れた者同士って言うのは上手くいかないもの何だろうなと思う。

それにしてもあの状態は普通じゃない。殴られるような状況なんてそうそうあるはずがない。
それとももしかしてそういう趣味でもあったって事か?
・・・いや、これ以上想像するのは止めよう。
とにかくきれいにして、傷の状態を確認して問題がなければお引き取り願おう。
オレはそう思ってどこかにしまってあったはずの救急セットを探した。結局見つかったのはマキロンと絆創膏、よく解らない塗り薬ぐらいだったんだが。
男の1人暮らしなんてこんなもんかと思っているとバスルームの扉の音がして彼がリビングに戻ってきた。
オレの服はそいつにはちょっと大きかったらしく、袖も裾もダボダボだった。まるで子供みたいだなと思ったら思わず笑ってしまった。
戻ってきたそいつの左頬にかかった髪を掻き上げて状態を見るとやっぱり心なしか腫れている。
オレは氷をスーパーのビニール袋に入れると嫌がるそいつの頬に押し付けた。



「少し冷やした方がいい。痣はしばらく残ると思うけど腫れは引くと思うから。」



「ごめん・・・。」



いつもとは違ってちょこんとソファに腰かけているそいつは黙ったまま何も言わない。
こいつが喋らないとこんなにも静かなのかと間の抜けたような事を考えながら黙ったままのそいつに視線を戻した。



「で、何があったわけ?ま、オレには関係ないけど。どう見たって、それ、殴られた跡でしょ。」



そいつはうんともすんとも言わずに俯いている。



「言いたくないんだったらいいけど。落ち着いたら帰って。タクシー呼ぶから。」



オレは突き放すようにそう言った。
その言葉にそいつは小さくコクンと頷いたが、その時
ブーンブーンと言う振動音が聞こえそいつは身を強張らせた。
静かな部屋にその音だけが響く。
しばらくするとその音は止まった。そいつは固まったままだった。



「出ないの。」



「・・・いいの。」



すると再び振動音が響く。



「鳴ってるけど。」



「知ってる。さっきからずっと鳴ってる。」



振動音はさっきよりも長く鳴った。けれどそいつは決してそれを取ろうとはしなかった。
やがて諦めたように振動音が止まるとそいつは小さく息を吐き出した。



「元カレ。多分謝りたいんだと思う。」



ぽつりと語り出したそいつを無言で促す。



「ヨリ、戻せるかと思った。でも無理だった。だって解っちゃったんだもん。
僕、やっぱり僕を見てくれない人とは一緒に居られない。好きでも、僕のものにならない人なんていらない。
彼には帰る場所があって、それは僕のとこじゃなくて、そしたら僕は何なのかなって思って。
だからそう言ったの。もう一緒に居られないって。
そしたら、そんなの初めから解ってただろって。解ってたけど、辛くなっちゃったんだもん。しょうがないじゃん。
僕は家庭を壊そうなんて思ってないし、だったら終わりにするしかないでしょ?
そう言ったら、俺を捨てんのかって、そんなの許さないって。
彼、結構すぐカッとなるんだよね。で、後で後悔するの。バカでしょ。
そういうとこ、エッチの時もあって、エッチの時はさ、それが良かったりもするんだけど、終わった後、すごく優しいし、愛されてるなって思ったりもするし。でも、違ってたんだね。僕もバカだったよね。」



小さく笑ったそいつは、笑う事にも疲れたように表情をなくした。



「あのさ、アンタそれ、ダメじゃん。軽くDVじゃない。」



「え・・・?」



「ドメスティックバイオレンス。知らないの?」



「違うよ!彼、殴ったりしないもん!!いつだってすごい優しいもん!!ちょっとエッチは乱暴な時あるけど・・・。でも殴られたの、今日が初めてだもん!!」



「やっぱり。それ、元カレにやられたんだ。」



「・・・。」



左頬を隠すように俯いたそいつを見ながらオレは続けた。



「あんまり言いたくないけど、ろくな男じゃないよ、そいつ。
オレも何人かそう言うのの被害にあってた子見てるけど、ホントに酷いと思う。普通にセックス出来ないんだよ。怖くてさ。
幸いアンタの場合そんなに酷い訳じゃなさそうだけど、そういうのってどんどんエスカレートしていくからさ。
DVかDVじゃないかの定義ってホントに難しいしさ、好きな相手がそうだって思いたくない気持ちも解るけど、プレイで楽しめるうちに止めといた方がいいんじゃないの?別れようと思ってるなら心を鬼にした方がいいよ。」



「・・・どうして。」



ポロリと彼の目から涙がこぼれた。



「どうしてヒロはそんなに優しくするの?僕の事、好きでもないのに。ホントは迷惑がってるくせに。
ヒロのバカぁ。なんでこんなイイ男なんだよぉ〜。」



「はぁ?」



堰を切ったようにおいおいと泣き出すそいつをオレは茫然と見守る。こいつ、感情の振幅が大きすぎる。



「どうしてヒロはこんなに僕の前にかっこよくあらわれたりなんかしちゃったの?ホストのくせに〜。ホストってかっこよすぎる〜。」



「はぁ???」



最早言ってる事が意味不明なんですけど・・・。
泣き続けているそいつを呆れながら見ていると再び振動音が響いた。
さすがにその音に身を固くする。携帯とオレを見比べてどうしようって顔をするそいつに頷いて見せる。



「別れるつもりならはっきり言った方がいいと思うよ。けじめはつけるべきでしょ。」



迷った顔をしてしばらく携帯を見つめていたそいつは、意を決したように通話ボタンを押した。



「・・・はい。」



幾分緊張しているそいつの声。元カレが何を言ってるのかは解らないが、段々表情が困ったような切ないようなものになってくる。



「だから・・・もう、ダメなんだって。」



視線が彷徨う。



「終わりにしたいの。」



唇を噛み締めて目を瞑る。



「ごめんなさい。でも、もう、僕は無理。・・・だから、嫌いとかそういう事じゃなくて・・・うん・・・うん・・・捨てるとかじゃないってば。でももう、無理でしょ?・・・怒ってないよ。ん、・・・大丈夫。・・・だからごめんって・・・。」



オレは煮え切らないそいつの態度に腹が立ってきた。
無理とか言いながら嫌いじゃないとか、それじゃあ答えになってないだろ。別れる気あるのか?



「その事が理由じゃないってば。・・・だって必要ないでしょ?・・・ちがっ!!違うってば!!だからそうじゃないんだってば!!」



オレは気付くとそいつの手から携帯電話を奪い取っていた。



「おたくはもう用済みなんだよ!!オレの大介に手出しすんな!!ちょっとでも傷つけたら許さねぇからな!!二度と大介の周りをうろつくな!!」



まくし立ててそこまで言うとオレは一方的に電話を切った。目の前にはポカンとしたままのそいつの顔。



「ほら。ったく、別れる気あんのかよ。」



呆けたままのそいつに携帯を放り投げるとそいつの顔が見る見るうちに赤くなっていった。



「・・・なんだよ。」



「やだ・・・ヒロ、カッコいい・・・。ホント?今言ったの、ホント?オレの大介って・・・。うそ・・・やだ、どうしよう・・・。」



「はぁぁぁ?????」



「僕・・・もう、幸せすぎて・・・死にそう・・・。オレの大介って言った・・・。ヒロが、ヒロが僕の事!!もう好きにして!!」



ガバッと抱き付いてきたそいつの手から間一髪で逃れながら振り返ると、多分これが目がハート型って言うんだろう、ニヤけたそいつの後方に見えたもの。



「あ!!お前、床、水こぼれてるじゃん!!」



「へ?」



「これ。放り投げんなよ。」



「あ・・・。」



そいつは今まで左頬を冷やしていたはずのビニール袋を見て慌てて拾いに戻った。



「ごめんねぇ、ヒロ・・・。」



わざと舌足らずな口調で上目遣いをしてくるそいつをギロリと睨んでおいて、オレはタオルでこぼれた水を拭いた。するとそいつはそんなオレの傍らに座り込んで照れくさいような笑顔を浮かべた。



「嘘でも嬉しかった。こんな時に行く所がヒロのところしか思いつかないなんて・・・ごめんね。でも僕、ヒロに逢えて良かった。こんなふうに人に思ってもらうって、あったかいね。」



エヘヘといつもの笑顔を浮かべてこいつを見てオレはほんのちょっと安心した。
迷惑な奴だけど、やっぱりこいつは能天気に笑ってる方がいいと思う。さっきまでみたいな落ち込んだ顔は何となくこいつらしくなくて、見てるこっちも気が滅入る。
赤黒くなった痛々しい頬。さっきまで氷を当ててたから赤くなっている。
オレは頬にかかる髪をどかし、腫れ具合を確認した。



「ん。さっきよりはましかも。もうちょっと冷やした方がいいかも知れないけどね。」



視線をそいつに戻すと何故か口を尖らせている。



「ん?」



「・・・もう。これだからノンケは。そんな風に頬触られたら、期待するでしょ。」



「・・・何を?」



「決まってるじゃん、キ・ス。」



そう言って目を閉じてみせるそいつからオレは慌てて後ずさった。



「オレはそんなつもりは微塵もないからっっ!!殴られた跡、見てやってんのにふざけた事言うなよな!!」



残念とでも言うような顔で口を尖らせるそいつはにやりと笑って恐ろしい事を言った。



「でもね、元カレの顔にも多分ミミズ腫れ出来てると思う。」



「?」



「だって僕も叩いてやったもん。これでね。」



そう言って右手を開いて見せるそいつの手には、大小様々な指輪がずらりとついていて・・・。

これで殴られたのかよ・・・。そう思ったらゾッとした。



「お前、ホント腹黒いな。」



「えぇ〜だってぇ〜僕だけ殴られるなんて割に合わないじゃん。」



にっこりと笑うそいつはやっぱり悪魔にしか見えなくて。



「でももう大丈夫。二度とこんな事にはならないから。」



ね!と同意を求めてくるそいつを訝しると、そいつはあっけらかんと言った。



「だって僕はホントの意味での愛すべき人を見つけちゃったから。ね、ヒロ。」



そう言って掠め取る様なキス。



「うわぁっ!!てめぇ!!何すんだよ!!オレにその気はねぇっつてんだろ!!」



ごしごしと唇を拭いながら激しく抗議するとそいつは目の前で妖艶に笑った。



「僕ねぇ、どっちでも出来るの。ヒロが望むなら抱いてあげてもいいんだよ。」



こいつは一体何を言い出したんだ。



「でもきっとヒロは抱く方が抵抗ないでしょ?僕、結構具合がいいみたいだよ。おしゃぶりも上手だし。」



そう言ってぺろりと唇を舐めてみせるその姿に思わずあらぬところが反応する。

オイ!!何反応してんだよ、オレ!!
お前はさんざん女をイカせてきただろう。ホストの意地を思い出せ!!

そんなオレを面白がってか、さっきまでのこいつは何処へやら、楽しそうに笑っていやがる。



「・・・フフフじゃねーんだよ!もっとまともな恋愛しやがれ!!」



「えぇ〜まともな恋愛してるからでしょ〜?じゃなきゃヒロなんか選ばないってば。言ったよね?
大丈夫、僕がいろいろ教えてあげるから。」



どさくさに紛れてさりげなく人の下半身に手を伸ばして来ようとしているそいつの手を払いながら、オレは心の底から思い切り叫んだ。



「帰れー!!」





 

オレはとんでもない悪魔と鉢合わせてしまった不幸を再び呪った。








 

END 20131014