<Be My
Valentine>
何だか無性にイライラする。
何が理由ってわけじゃないけど、こんな事はたまにある。
きっと疲れてるんだろうけど、そんな疲れるようなスケジュールじゃなかったはずで、それじゃあ遊びすぎか?なんて思ったりもするけれど疲れるほど遊んだ記憶なんてない。
年明け早々から今年は早くも仕事モードで、自分を律してそれなりに遊び、それなりに休んでいたわけだから。
それなのに何故かイライラする。
こんな時は自分がめちゃめちゃ攻撃的になっていて、そんな自分に辟易する。
自分のリズムなんて解ってる。だからそうなる前にそれなりに息抜きして深みにはまらないようにするのが常なのに、今回は何時、どんなタイミングでこんな深みにはまったのか、自分でも解らない。
だから余計にイライラする。
久しぶりに来たあの救いがたいメンタル。あぁ、クソッたれ。
「♪ばれんたいんでぇきぃっす ばれんたいんでぇきぃっす。」
ご機嫌な笑顔でリビング兼ミーティングスペースに現れた彼は、ジョンくぅ〜んと愛犬を呼び寄せると愛犬のせいでボロボロになっている白いソファに腰かけた。
そのまま甘える愛犬をよしよしと撫でながらチラリとこちらに視線を寄越した。
「呼び出してごめんね。」
「ん。いいよ。今日はオフだったし。」
「そ?」
にこりと笑うとそのままシガーケースに手を伸ばす。その間も鼻歌交じり。
もう随分と前、自分達が学生だった頃に流行った曲。この時期なるとどこからともなく聞こえてくる曲。
「♪ばれんたいんでぇきぃっす ばれんたいんでぇきぃっす。」
彼が鼻歌を歌うことだって別に珍しい事じゃないけれど、何故だかこの日は頭の奥にキリキリと何かを捻じ込まれてるようで癇に障る。
「何?大ちゃん。キスされたいの?」
吸い付けたタバコを口元から奪いながら至近距離で問い詰める。ひたと視線を合わせて彼の答えを待つ。
すると彼は小さくため息をつく。
「されたいのはヒロでしょ。」
「はぁ?」
「こないだからそう。何、そんなにイライラしてんの。」
オレの手にあったタバコを奪い返すとそのまま灰皿に押し付ける。
「また何か変なとこに入り込んでるんでしょ。ヒロって単純だからすぐ解る。」
「なんだよ、それ。」
「ほら。またイライラしたでしょ。全くしょうがないなぁ。」
そう言って立ち上がった彼はキッチンの方から何やら持って出てきた。
「はい、これ。チョコレート。」
目の前に差し出されたのは良く知る有名店のパッケージ。
「今日が何の日だか覚えてる?まさかヒロが手ぶらで来るとはね。」
「え?」
「それだけ余裕がないって事でしょ。」
「あれ・・・?今日って・・・。」
「もう14日。」
「・・・うそ。」
「呆れた。日にちの感覚もないくらいイライラしてたってわけ?」
呆れた顔で彼がドカリと腰を下ろす。
彼から呼び出しのメールをもらったのは確か12日の深夜。
昼夜逆転してる彼のメールはこれから作業だと告げていて、オレがそのメールを返したのは朝起きてから。
日付の感覚なんてそれこそライブや舞台でもない限り、あまり意味のないもので、唯一それを知らせるのは携帯のディスプレイだったりする。
普段ならきちんと認識していられるはずのものがイライラしている最中はそんな携帯の呼び出しすら腹立たしくてろくに返事もしないから日付の感覚がずれていく。
そんな悪癖を彼は嫌というほど知っている。
「・・・ごめん。」
「まぁ、いいけど。今に始まった事じゃないし。そんなの気にしてたらヒロとは付き合えないから。ま、僕だって作業に熱中しちゃったらそんな事ざらだしね。」
受け取ったままのチョコレートを膝の上に乗せたままだったオレの手に彼の手がそっと触れる。
「ヒロ。」
ちょいちょいと手の甲を引っ掻く彼の短く切られた爪にくすぐったさを感じながら顔を上げると彼の柔らかい唇が触れた。
そのままオレを抱きしめてトントンと背中を叩くリズムに何故だか、あぁ・・・とため息が漏れた。
何故だろう。何故この人はこんな風にオレの事を解っているんだろう。
日常生活において何も接点がない、まるで別の次元にいるかのような人なのに、こんな時ばかりふと自分のすぐそばにいる。
何も言わず、何も聞かず、ただここにいる。
オレの居場所はここに必ずあると知らせるように。
「ヒロ。いいんだよ、泣いても。」
小さな声が優しく告げる。
「泣くはずないじゃん。」
「意地っ張り。」
笑いを含んだ声が耳元で響く。
「ホワイトデーは3倍返しだからな。」
「了解。」
彼の言葉に自然と笑っている自分に気づく。
ずっとオレを悩ませていたイライラは跡形もなく消えていた。
END 20130210