<スターライト>
芸能界は嫌いだ。
忙しなく動き回るスタッフ、きらびやかに飾られたセット。
それよりもはるかに輝かしい芸能人の中で思う。
一応アーティストなんて呼ばれる生業で何を言ってるんだって思われるかも知れないけれど、でも嫌いなものは嫌いなのだから仕方がない。
向いていない、そう言えばいいのだろうか。
でも向き不向きがあるなら確実に向いてないわけで、それを今更どうこう言うつもりはないからまぁいい。
彼は、向いているんだと思う。
じゃなきゃこんなふうにたくさんの人の中でも穏やかに笑って自分の居場所をすんなりと作れるはずがない。
オレはダメだ、全くそういう事に向いていない。
溺れた金魚みたいにプカプカと行き場を失ってこの微妙な納まりの悪さに引き攣った笑いを作るのが精一杯だ。
あぁ全く何だって言うんだ。
ここは苦しい。
酸素が足りない。
目の前でにこやかに話す彼をぼんやり見つめながら、自分にとって唯一色彩を持った彼の後ろでそっと息をつく。
彼は入れ替わり立ち替わり話掛けられる相手に笑顔で答え、楽しそうに笑い声を上げたりしている。
オレはと言うとそんな彼に促されるままに会釈をし、けれどどんな話題にも馴染めなくて慣れ親しんだ彼の声音だけを音階を辿るように聞いていた。
向いてないのだ、やっぱり。
じゃあなんでここにいるのかって聞かれたら答えに困るけれど、気付いたらこうなっていた。
歌手になりたかった。それは間違いない。
でも芸能人になりたかった訳じゃない。ただ歌って、歌い続けていたかった。
売れるとか売れないとか、そんなものは必要じゃなかった。そこそこでいい。生きて行くのに不自由しない程度。歌い続けて行くのに不自由しない程度。
一番になるのは嫌いじゃないけれど、それに附随する様々な事にオレはどうも馴染めなかった。
彼は、彼は違った。
彼はきっと根っからの商売人なんだと思う。彼の親父も商売人だと言っていたからそのせいか。幼い頃の環境はこんなふうに現れる。
オレはダメだ。だってそんなふうに生きてこなかった。
競争は好きだったけど、それこそ端的に結果の出るもの、仕込とか根回しだとかそんなものとは無縁のもの。
それで何不自由なく過ごしてきたし、それ以外の行き方なんて解らない。
あれは彼との活動を再開してしばらくした後だっただろうか、彼がふいにため息混じりに笑って言った。
「ヒロは相変わらずだね。いいよ。解った。ヒロはそれでいいよ。」
そう言った彼をその時のオレもぼんやりと見つめて、彼の困ったような諦めたような顔に、あぁそう言えば・・・とあの忙しなく駆け抜けた一瞬に言われたセリフを思い出していた。
彼といるとおおよそその辺に関する言葉は必要じゃなくて、それは20年経った今の方がよっぽど精度は増して、時にはうんざりするほど解られている。
きっと自分より彼の方がオレに詳しい。
そんな彼が今のこの状況のオレを気付いていないはずはなくて、ボーっと立ち尽くすオレに小さく苦笑を漏らす。
どうしたって浮きまくってるオレを彼の目がすっと撫でていくその度に口を開きかけて言葉を飲み込んでいる。
やっぱり向いてないのだ。そんな事は解ってる。
それでもここに居続けるのは、もうオレにもこれ以外の行き方が解らないからだ。
今更会社勤めなんて出来るはずがない。
仕事をしなくてもそれなりに生きて行く当てはあるけれど、この歳で脛っかじりはやっぱり気が引ける。
でもまぁ最終的にはそれもありかなんて思ってしまうのはやっぱりオレが世の中ってものを解ってないからなのかも知れない。
オレは彼に出逢ってしまった、何かを知るよりも早く。
しがらみを知るよりも先に彼の懐で夢ばかり見ていた。
彼はオレに歌う場所を与えてくれた。歌だけ歌っていられる場所を。
その幸福なかいなの中でオレは何不自由なく歌っていた。彼と別れ、現実を知るまでは。
彼と活動を再開しオレはまた元通り、彼はオレに夢のありかを教え、まぁあの頃に比べたら現実の厳しさを垣間見せるようになったけれど、基本的に彼は面倒見のいいあの頃と変らない彼だった。
だからオレは現実の存在をすぐ近くに感じながらもぬくぬくと夢を見続けている。
一人取り残された席で遠くステージで輝く彼をぼんやりと見つめる。
あぁそう言えば初めて会った時もこんな感じだったっけ。
ステージで輝く彼を一方的に見つめ、これからの運命なんてひとつも解らず、彼がボーカリストを探していると聞いた。
運命は、既にその瞬間にもう、ここにあったのだ。
それと気付かぬうちに。
「ただいま。」
演奏を終えた彼が軽くオレの肩を叩き隣に座る。途端に現実は希薄になる。
「またボーっとしてたの。一応TVなんだからしゃんとしときなよ。」
「大丈夫。こんなところまで映るわけないよ。」
遥か前方に見える今をときめくアイドル達を眺めながら言う。
すると彼は諦めたようにため息をついてオレの耳元で小さく言った。
「僕が、見せびらかしたいの。ウチのボーカリストはカッコイイんだって事。そんじょそこらの奴には悪いけど負けねーぞって。」
「だい、ちゃ・・・。」
「もうすぐ出番だからね。しゃんとしてくださいよタカミさん。」
口を尖らせて笑う彼を抱きしめたい衝動に駆られてグッと堪える。希薄になったはずの現実が途端に鮮やかに揺らぐ。
彼なのだ。
すべては彼なのだ。
理屈じゃあない。
向き不向きの問題じゃない。
ただ彼に彼の傍らにある事がすべてなのだ。
彼と離れていた間、嫌って言うほど現実と言う名の辛酸を舐めた。
夢見る事も適わず人工的に創られた煌きの中でまやかしの夢を見せる事に躍起になった。
自らが夢見る事も出来ないのに。
彼なのだ。すべては彼なのだ。
煌きも夢見る事も、オレが生きて行く事さえも。
他人に生きている理由を押し付けようとかそんなんじゃない。
ただすべてなのだ。
どうしようもないほど、すべてなのだ。
「大ちゃん。」
ステージを見つめている彼を小さく呼ぶ。彼の目がオレを見つめ笑んだ形に細くなる。
「全くしょうがない男だなぁ。そんな顔すんなって。いいよ。ヒロはそのまんまでいいよ。」
そう言って2人の間、身体に隠れて誰からも見られないようにキュッと手を握った。
既にステージへ向き直った猫背の彼が前を見据えたまま男臭い素の声でぶっきらぼうに言った。
「歌うことだけ考えてな、バカタカミ。」
握った手を再びギュッギュッと握るとその温もりは呆気ないほどあっさりと離れて行った。
あぁやはり彼なのだ。彼しかいないのだ。
この場所を失う事は自分を失う事に等しい。
かつて共にあることの意味など解らずにいた。
失って初めてその場所の意味に気付き、戻れぬ場所に我を忘れて慟哭した。
それは今思えば自分であって自分ではなかった。
いや、あるいはあれこそが真実のオレだったのだろうか。そんなオレは無意味で醜い。
スタッフの声がかかりステージ袖へと移動する。
煌く場所は彼の隣だとあの時決まった。
彼に逢うまでは彷徨うばかりのオレに燦然と輝くただひとつの道標。
彼がいるからオレは迷わずにいられる。例えどんなに遠く離れても彼という光は消えない。
向いてなくてもいい。
ここ以外に価値がなくても構わない。
ただ彼にとって唯一の輝ける楽器であるように・・・。
「行くよ、ヒロ。」
光を背に踏み出す一歩。
ついていく。彼の進むその先へ。
それが例えどんな場所だろうと構いはしない。
ただ彼と共に。
永遠を彼と共に。
唯一、この声だけを携えて。
END 20120816