<秘密の花園>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん・・・。」

 

 

小さな寝返りと共に漏れた声。薄い意識の表層を漂っていたオレはその声に閉じていた瞳を薄く開けた。

手に馴染んだ金色の髪の感触を確かめてそっと伺うように見ればひとつ深い息の後は規則正しいリズムが続く。

どうやら目を覚ましたわけじゃないらしい。

深い眠りに引き込まれたままの彼を腕の中にそっと抱き込む。

その安心しきった寝顔に額をくっつけ再び目を閉じる。

 

こんなふうに安心した顔を見せてくれるようになったのはいつの頃からだっただろうか。

腕の中に抱き込んでも目を覚まさない彼のこの体温が愛おしい。

飾らない本当の彼はこんなにも無防備でこんなにもあどけない。

それを知っているのは今は自分だけなのだという優越感に口元が緩む。

他人の前では常に気を張る人だ。

リラックスしているように見せかける術を覚えているから誰もそうとは気付かないが、本当の彼は一瞬たりとも気を抜いたりしていない。

その事に気付いたのはオレがこのもどかしい想いを持て余して、その欲望の捌け口を彼の身体に求めた、あの時だった。

 

そうだ。今となっては懐かしく、なんとも滑稽な話なのかも知れないが当時のオレはその事を真剣に悩んでいたし多分彼も、そんなオレの苛立ちを感じていながらそれを受け入れる事が出来なかった。

思い起こせばあの時の彼は可愛かったなぁなどと頬を緩めるだけの事なのだが、こうして腕の中で眠ってくれるようになるまでは笑い話にはならなかった。

 

出逢って20年だ。

こういう関係を持つようになって10年も過ぎた。

そう思うと年月が解決する事もたくさんあるのだと思えなくはないけれど、年月だけに任せておけない事もたくさんあった。

それは今だから解る事であってあの時のオレには解らなかった。

だからがむしゃらだったし、彼をどう愛していいか解らない時期も正直あった。

彼が男だという事に悩んだ時期もあったし、自分の中の肉欲に反吐が出る程後悔した時期もあった。

 

けれど今彼はこうしてオレの腕の中で眠ってくれている。総てを曝け出してくれている。

もしかしたらまだ総てではないのかも知れないけれど、少なくとも他の誰よりもこうして安心した顔を見せてくれる。

それだけでオレの心が満たされるのはやっぱり彼を愛しているからなんだろうか。

 

 

そもそもオレと彼とでは愛の位置付けが全く違った。

当時のオレが語っていた愛はなんて薄っぺらいものなんだろうと今では思う。それを教えてくれたのは彼だ。

 

オレは愛を免罪符に好き勝手な事もしてきた。

付き合う相手に困った事は正直ない。

まぁそれだって本当に心からその人の本質を愛していたかと問われたら些か疑問だ。

男にとって女は自分を着飾るためのアクセサリーでしかない。

少なくともあの頃のオレの愛し方はそうだったんだろう。自覚していなかったとは言え最低だと思う。

いい女と付き合うと自分の格が上がったような気がした。

オシャレな遊び方をする人に憧れ、どこか冷めたクールな関係こそがカッコイイと思っていた。

真剣に相手の気持ちを知りたいと思った事もなかったし、そんな事をするのはスマートじゃないと何処かで見下してもいた。

でもそれはきっと自分の醜さを凝視できない自分の弱さのせいであって、相手を責められた事ではない。

ちょっとの気になるを高らかに愛だと謳い恋愛を上手く泳いでいる素振りをしていたオレをあの頃の彼はどんな気持ちで見ていたんだろう。

恋愛について語る事などなかったからその真意は解らない。

 

オレは彼女達の外見やステイタスに惚れていたのであって、真実その人を好きになった事などなかったんじゃないかと思う。

いや、心底惚れた人はいた。けれどそれは叶わぬ恋だった。彼女にとってオレは単なる遊びの相手だったから。

それからなのかもしれない、本気で好きにならなくなったのは。

・・・それは語弊があるか。好きにならなくなったわけじゃない。

今まで付き合った彼女達を好きじゃなかったわけじゃない。

どの子も本当に好きだったし、大切だと思った。だから一緒にいた。

けれどどこかでのめりこまずにいたのはやはりそういう事なんだろう。

 

仕事のせいだと思った。

自分には叶えたい夢があるから、そっちの方に意識が集中しているせいなんだと思っていた。

でも本当はそうじゃなかった。それは彼を愛するようになって初めて知った事。

愛と仕事は同一線上には存在しない。

仕事を言い訳にするなんてそれは単なる逃げだ。

オレは本当は卑怯者で、見栄っ張りなただのガキだった。

 

 

大人になりたいと思った。心底。

それほどまでに彼の愛は大きくて、オレはそんな彼の愛し方を当初理解出来ずにいた。

 

 

 

 

彼とそういう意味で付き合うようになって、彼との仕事も再開し順風満帆に見えた。

いや、仕事の面ではこれ以上ないくらい順調だった。

次々と溢れてくる新しいアイディアに彼と共にいる居心地の良さを改めて感じた。

 

けれどプライベートはと言うと、互いに気持ちを確認しあったはずなのに何もなかった。

いや、距離は縮まったのだと思う。彼はオレに屈託ない笑みを見せてくれるようになったし、仕事とは違うトーンのプライベートな時間もあったのだから。

その事に満足していなかったわけじゃない。ただ、水を必死に掴もうとしているようなそんな感じだった。

確実にそこにあるのに手にする事が出来ない。

最初はそれは彼の性格から来るものなんだろうと納得しようとした。

けれどオレはわがままで、気持ちだけでは満足出来ず、かと言って肉体を差し出してもらえば納得出来るようなものでもなかった。

彼は、オレの気持ちが彼にあるという事を知っていながら他の女を抱けと、そう言った。

まぁ、こんなにあからさまな言葉ではなかったにしろ、言ってる事はその通りだった。

彼はオレが他の友達に誘われてそういう場所に出入りする事を咎めもしなかったし、むしろ彼から勧められる事すらあった。

行けば確実にそうなる事を解っているはずなのに「行ってきなよ。」と笑って言うのだ。

 

彼の真意が解らなかった。

彼を好きだとあんなに伝えたのに、彼はどうしてそんな事を平気な顔で言うのか、オレには理解出来なかった。

彼と肉体関係はあった。

オレが望めば彼は拒まない。優しくオレを抱き締め、その身にオレを溺れさせた。

けれどどこか足りない。

それは回数を重ねるほどにオレを虚しくさせた。

 

彼を抱きたいと思う。

彼の総てが欲しいと思う。

そう思っても、彼はまるで水のようだった。

 

 

「オレの事、好き?」

 

 

たまらず聞いた。彼の気持ちが解らなくなっていた。

 

 

「どうしたの?急に。」

 

 

「ねぇ、オレの事好き?」

 

 

子供のようなやり取りだ。そんな言葉、偽ろうと思えばいくらでも出来る。

ただ証が欲しかった。そんなちっぽけな言葉一つでも、彼との証が欲しかった。

本当はそれでは満足出来ないことも充分解っていたくせに。

 

 

「大ちゃん、オレと一緒にいるの嫌じゃない?」

 

 

「嫌なわけないでしょ。嫌だったら一緒にいないよ。」

 

 

彼の笑顔は相変わらず優しい。

半ば無理矢理彼の気持ちを吐露させて始めた付き合いだ。オレの中に不安がなかったとは言い切れない。

 

本当に彼はオレの事を好きでいてくれるんだろうか。

 

彼の愛し方はなんだかとても偽善的に見えた。

 

もっと貪欲に求めて欲しかった。もっと淫らな顔も見せて欲しかった。

オレの愛し方がいかに肉欲に偏っていたのか、今ならきちんと解る。

けれどあの時のオレはそれが基準のようにすら思えていた。

拒まないのは好きという事?

でも求めないのは好きじゃないから?

オレは彼が解らない。

 

 

きっかけはほんの小さな事だった。出かけ際につけたひとつの香水。多分ファンの子から貰ったかなにかした物だ。

それはいつもオレが好んでつけるような香りではなく、どこか甘ったるい、どちらかと言えば彼にこそ合いそうな香りだった。

彼との打ち合わせに遅刻しそうだったオレはたまたま手に取ったそれをつけた。

無意識だったのだ完全に。

ただいつもの習性で香りが違っただけだ。オレにしてみたら些細な出来事だった。

たまには違った香りもいいかなどと浮かれてもいた。

その香りに彼は敏感に反応した。一瞬オレを見つめ、それでも何も言わずに視線をずらした。

 

 

「?どうかした?」

 

 

尋ねたオレに彼は軽く首を振った。けれどその顔はどこかオレの視線を避けているように思えた。

違和感はいつまで経っても拭えなかった。それどころか日増しに大きくなる。

彼は相変わらず優しい。それは変わらない。

けれどオレにはその優しさが遠く思えた。

そして結局はオレのわがままが彼を追い詰めた。

 

 

「何でそんな平気な顔してんだよ。」

 

 

何度目かの似たようなやり取りの末、オレはとうとうその苛立ちを吐き出した。

彼がいつもと同じように少し哀しそうな顔で、それでも優しい微笑みを浮かべている事が腹立たしかった。

 

 

「一体どういうつもり?大ちゃん、オレの事好きじゃないの!?」

 

 

「ヒロ。」

 

 

誰もいないと言うのに周りを気にし、咎めるような彼に苛立ちが増す。

 

 

「いつだって平気な顔してさ、そんなにオレを他の女とこへ行かせたいの!?」

 

 

限界だった。

彼の愛情を信じられなかった。

欲しかったのはこんな関係じゃない。

一緒にいる事が苦痛になる関係を望んだわけじゃない。

ただ彼を愛して、彼に愛されて同じものを見て同じように笑い、安らかなあたたかな関係を望んだだけなのに。

オレはやりきれない苛立ちを彼にぶつけた。彼に対してこんなふうに怒りをあらわにしたのはこの時が初めてだったように思う。

 

 

「ヒロ。」

 

 

宥めるようにオレの手を握ってくる彼の手を強かに払った。

 

 

「ヒロ・・・。」

 

 

払われた手をキュッと握りしめ何も言わず俯く彼に苛立ちが募った。

 

 

「何で何にも言わないんだよ。黙って身体さえ差し出しとけばそれでいいとでも思ってんのかよ!!」

 

 

彼がそんなつもりじゃない事なんて解ってた。けれど彼の身体を抱けば抱くほど募っていく焦燥感にその時のオレは打ちのめされていた。

 

 

彼が欲しい、彼が欲しい。

欲しいのは彼の身体じゃない。

いや、身体ごと総ての心を。溺れるほどの心を。

 

 

「・・・解らないよ。オレには大ちゃんが解らないよ。」

 

 

それだけ吐き捨てるとオレは俯く彼を残して部屋を出た。

もうどうでもよかった。彼がどんな顔をしてようと、オレには関係ない。

あんなに好きだと思った。

気持ちを自覚してからの何年もずっと思い描いてきた彼との関係がこんな形だったなんて。

オレが好きだと思うこの気持ちほど、彼はオレを好きではなかった。ただそれだけのことだ。

結局、彼はオレに合わせてくれていただけ。なんて滑稽な恋愛ゴッコだ。

 

オレはいつもの場所に止めておいた愛車に乗り込むとバタンとドアを閉めた。

 

 

「クソっ!!」

 

 

隔絶された空間の中でハンドルを叩き、オレはやっと詰めていた息を吐き出した。

 

もう終わりになるだろう。

その事だけがはっきりと解っていた。

accessとしての活動は別としても彼と自分の間にあった関係は終わりになるだろう。

 

それで良いのかもしれない。ムリして付き合う必要はない。

ただ音楽のパートナーとして自分の仕事をこなすだけの関係、今の自分にならきっとそれが出来る。

あの頃には出来なかったけれど、オレだってもう子供じゃない。

音楽性の面においてオレ達は互いを認め合っている。

それは決してこの先も揺らぐ事はないだろう。

それだけの感情があればそれでいい。

 

オレは総てを振り切るようにアクセルを踏んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、根を上げたのはオレの方だった。

 

 

「大ちゃん。」

 

 

打ち合わせが終って解散したスタッフの間を縫って、彼の後をつけた。そのまま彼が彼の城へ戻る事を知っていたから。

誰にも容易に足を踏み入れさせない彼のスタジオは彼の愛するもので溢れている。

ここにいられるものは彼の許したものだけ。

そう思うと今の自分は似つかわしくないんじゃないかという気持ちが掠めたが、オレはそれを見ない振りをした。

 

 

「大ちゃん。」

 

 

後ろ手に厚いドアを閉めると真空の世界が出来上がる。

突然入り込んできたオレを彼は不思議そうな顔で見つめていた。

 

あれ以来彼は何も言わず、accessの仕事は順調だった。

そこにはいつもの彼がいてオレにも等しく笑顔を向けてくれていたがそれがビジネスである事がオレをさらに苦しめた。

こんなに簡単に割り切ってしまえるのだろうか。

こんなに簡単に笑顔を見せられるのだろうか。

その作られた浅倉大介という存在がオレにはどうにもやりきれなかった。

 

彼の泣き顔を見た。

彼の縋るような強い手を知った。

だからこそもっと彼を知りたかった。

彼の一番そばにいて、他の誰も知らない彼を。

 

それなのに目の前でいつものように笑う彼を見るとそばにいることすら拒絶されているような気がして、あんなに虚しさを抱えていた少し前までの関係をすら渇望する自分がいた。

触れることも抱きしめる事も、彼をこの腕の中で溺れさせる事も許されていた関係。

例えそこに彼の気持ちが見えなくても、それでもオレの前でだけ見せる顔。

もうそれでもいい。

彼を失う事は自分を殺すことに等しい。

 

 

「大ちゃん!」

 

 

オレを見つめたままの彼を強引に引き寄せ唇を奪った。

深く、深く、彼の総てを自分に取り込むような、縋るようなキスだった。

 

 

「・・・っん、・・・ぃ、ろ・・・。」

 

 

合わせた唇の下から苦しそうにオレを呼ぶ彼の声。

空気を求めてオレの胸を叩く彼の指を握りしめ、意識が途切れるギリギリの瞬間まで彼を貪った。

突然与えられた空気に肺が悲鳴を上げながら噎せる彼の重みが心地いい。

オレはただこうして、彼をこの腕に抱きしめていたいだけなのに。

 

 

「大ちゃん。」

 

 

その背をギュッと抱き寄せて彼の体温を吸い込む。

 

 

「好きだよ、大ちゃん・・・・。オレ、大ちゃんが好きだ。」

 

 

「ヒロ・・・。」

 

 

「例え貴方の気持ちがここになくても、オレは貴方とこうしていたい。」

 

 

彼が腕の中で小さく身じろぐ。その隙間を埋めるように一層強く抱きしめた。

 

 

「オレに抱きしめられるの、イヤ?オレとキスするのイヤ?オレとエッチするのは?

どこまでなら許してくれる?オレ、どこまでなら大ちゃんに許される?」

 

 

「ヒロ。」

 

 

奪ったはずの隙間で彼が首を振る。拒絶の答えは心に痛い。

オレはこめていた腕の力をほどいた。

 

 

「ゴメン。やっぱりムリだよね。」

 

 

失った重みは身体の自由を奪う。彼の前にただ立ち尽くしたまま歪んだ顔で笑うことしか出来ない。

空っぽだった。自分の中がまるで大きな筒のように何もない。

彼が総てだったのだ。自分の中心に彼がいて、それがオレをずっと支えてくれていた。その事が今、こんなにも苦しい。

 

突然、あたたかい感触がオレを抱きしめていた。

 

 

「・・・いちゃん・・・?」

 

 

おぼつかない視線を下げると彼がオレを抱きしめていた。

 

 

「ヒロが好きだよ。」

 

 

「・・・うそだ。」

 

 

「ずっとヒロが好きだった。僕のものに、してしまいたかった。」

 

 

「大ちゃん・・・。」

 

 

彼の腕が伝える想いの強さ。あの時と同じ、縋りつくような。

 

 

「してよ。オレを大ちゃんのものにしてよ。」

 

 

オレはたまらず彼を抱きしめた。けれど彼はまた首を振るだけで頷いてはくれない。

 

 

「どうして?」

 

 

「ヒロは僕のものじゃないから。」

 

 

「大ちゃんのものだよ!!オレは大ちゃんの・・・。」

 

 

「ヒロ・・・。」

 

 

そっと離れた温もり。縋るように手を伸ばした。その手を彼がそっと包む。手の平に触れる彼の体温。

彼の優しい声が響く。

 

 

「僕はもうずっと、ヒロのもの。だからヒロが僕を求めてくれた時、本当に嬉しかった。酔ったふりでもいい。一夜限りの幻でもいい、そう思った。そのくらい僕はヒロを求めてた。夢でよかったんだ。ホントは。多くを求めちゃダメだって解かってたから。」

 

 

「ダメじゃない。もっとオレを欲しがってよ。オレ、大ちゃんにもっと欲しがってほしい。」

 

 

「ヒロ・・・。」

 

 

「オレ、大ちゃんの事解らない。オレは好きならずっと一緒にいたいし、誰よりもそばにいて、誰よりも愛して愛されたい。心も身体も全部。大ちゃんは違うの?」

 

 

「違わないよ。」

 

 

「じゃあ何で!!」

 

 

「ヒロが好きだから。」

 

 

揺ぎ無い真っ直ぐな瞳。その瞳に動けなくなる。

 

 

「僕は、ヒロがヒロのままで好きなの。ヒロの世界を壊したくないの。」

 

 

「大ちゃん・・・。」

 

 

「ヒロは僕とは違う人。僕とは違う考えを持って、僕がしないようなことをして、それで今のヒロが出来てる。

僕はそんなヒロが好きなの。今のヒロを作り上げている世界も含めて。

だからヒロには自由でいて欲しい。僕の為になんて厚かましいかもしれないけど、何かを犠牲にして欲しくない。僕だけしかいない世界なんてヒロには持って欲しくない。」

 

 

「大ちゃん・・・。」

 

 

「だからいいんだよ。どこで何をしてても。他に誰がいても。」

 

 

「なっ・・・!!そんな、そんなのって、それじゃあ大ちゃんが。」

 

 

彼は泣きながら笑った。

 

 

「苦しいよ。でも僕はそういう愛し方しか出来ない。」

 

 

「バカ・・・!!」

 

 

オレは泣きながら笑うこの愛しい人を抱きしめた。

あの笑顔の裏でこんな事を思っていたなんて。今までの心のつかえが消えていくよう。

総てを許し与える愛。こういうものを無償の愛というんだろうか。そんな愛し方が出来る人の方が稀だというのに。だから彼は・・・。

 

 

「らしくないよ、大ちゃん。いつもはもっと強引なくせに。強引じゃない大ちゃんなんて、オレ、知らないよ。」

 

 

「強引になんてしてない。いつだってヒロの意見だって聞いてるじゃない。」

 

 

「じゃあ今だって聞いてよ。」

 

 

オレは彼の目を覗き込むようにして告げた。

 

 

「もっとオレを求めて。もっとわがままになって。オレはあなた以外誰も欲しくない。貴方がいればそれでいい。このオレの声も、心も、身体も全部、貴方のものだよ。」

 

 

彼の目から涙が溢れる。

 

 

「でも、それじゃあ・・・。」

 

 

「解ってる。貴方の気持ちも解った。オレはオレの世界を捨てたりしないし、だからと言って貴方の世界に染まろうとも思ってない。貴方には貴方の世界があって、オレにはオレの世界がある。それでいいんでしょ?オレも貴方の世界ごと、貴方を愛するよ。」

 

 

「ヒロ・・・。」

 

 

「ゴメンね大ちゃん。オレ、わがまま言ったね。」

 

 

くすりと彼が濡れた顔で笑う。

 

 

「それがヒロの世界なんでしょ?」

 

 

「そう。オレの世界はストレートなの。だからいつだって大ちゃんが欲しい。」

 

 

「ヒロ・・・。」

 

 

「ねぇ大ちゃん、オレを満たしてよ。」

 

 

一瞬の躊躇いの後、彼が小さく頷く。震えながら近付いてくる彼の気配にそっと目を閉じた。

 

 

愛している。

これほどの偽りのない言葉は他にない。

この人の総てが愛しくて、この人の総てを求めている。

本当は臆病な彼。けれど大きな愛を知っている人。

 

世界ごと彼を愛す。

なんてステキなことなんだろうと思う。

彼を作り出した世界のひとつに自分がいられる事。その事がこれほどに誇らしい事だと今初めて気付いた。

貴方の愛はなんて大きいんだろう。こんなちっぽけなオレを丸ごと包み込むくらいに・・・。

 

 

「好きだよ、大ちゃん。」

 

 

今日もオレは彼に告げる。臆病な彼が頑なに守ってきたその世界の扉を開けるように。

愛する事も求める事も決して怖いことじゃないと告げるように。

今度はオレがこの愛で、貴方を満たしてあげるよ。

だってオレだけがそこに住まう事を許された秘密の花園の住人なのだから。

 

 

 

 

 

 

20121231 END