ショコラ デ ショコラ
<chocolat de chocolat>

 

 

 

 

男って奴はいくつになっても子供で理性ではちゃんと理解出来るのに、

いざその瞬間になると貰えないのは淋しいわけで、

普段はなんとも思ってないのにこんな時ばっかりその存在が気になったりする。

 

今年はいくつ貰えるのか、

彼からはどんなチョコが貰えるのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大ちゃ〜ん、大丈夫?」

 

 

勝手知ったる彼の部屋へ入って行きながら声をかけた。

 

数日前、歌詞の打ち合わせで大ちゃんのスタジオに集まっていた時、あろう事かオレの目の前でぎっくり腰なんかやらかした。

きっかけは打ち合わせしながら食べたケンタッキー。

それは人間のオレ達ですら食欲をそそる匂いを放っていて、考えてみればオレ達なんかより嗅覚の優れている犬にしてみたら垂涎物の匂いだったわけだ。

ちょっと目を話した隙に幼いパウダーがチキンをガブリと咥えて行く姿を目の端に捉えた大ちゃんが慌ててチキンを奪回しにかかった瞬間に・・・ギクリ。

チキンを離したパウダーをいい子いい子と撫でながら大ちゃんの目には涙が滲んでいて。

 

ライブ中のパフォーマンスで一度腰を痛めてから慢性化している大ちゃんの腰痛は、時折こうして大ちゃんを苦しめる。

本人曰く対処法も解ってるし、たいした事はないって言うけれどやっぱり腰は大事だよね、いろいろと。

 

翌日には鍼に行ったりしてだいぶ回復してきたみたいだけど、とりあえずの無理は禁物で、今のところ動き回るだけの気力もないのか大人しくしている。

だけどいつもあれやこれやと忙しくしている彼が暇を持て余すのは目に見えていて、こうして今日も突然の呼び出しとなったわけだ。ま、大ちゃんと一緒にいるのは楽しいし嬉しい事だけど。

 

部屋を覗くと案の定退屈していたらしい大ちゃんは、早速起き上がってパソコンを手になにやら作業をしている。

 

 

「もう、ちゃんと寝てなきゃダメじゃない。」

 

 

「平気だよ。もう退屈過ぎて死にそうだよ。」

 

 

「そんな事言って、こんな時くらいしか休まないくせに。どうせならゆっくりしなよ。」

 

 

言っても無駄だとは解っているけれど、誰かが言わなきゃゆっくり休まない人だ。

こんな時くらい恋人特権でこの人を独占する為にベッドへ寝かしつける。

 

 

「もう眠くないよ。」

 

 

「寝なくてもゴロゴロしときなよ。」

 

 

「そんな事言って、ヒロもサボる気だろ。」

 

 

「いいじゃん。恋人同士のシエスタだよ。」

 

 

「何がシエスタだよ。まったく。」

 

 

文句を言いながらも話し相手の出来た彼は嬉しそうで、オレはそんな彼のおでこに軽く触れるだけのキスをした。

ぷっと膨れた彼は照れ隠しのようにぶっきらぼうに、

 

 

「そんな事より、僕の頼んだ物買ってきてくれた?」

 

 

早速催促の手を出した。

 

彼からの突然の呼び出しはメールに欲しいものリスト。雑誌やらお菓子やらこんな時ばっかり動けないアピールをかかさない。

普段はこっちが誘ってもスタジオに入った彼を振り向かせる事なんて出来ないのに。

そんな理不尽さにムッとしたりもするけど『だってこんな事、ヒロにしか頼めないよぉ』と甘えた声で言われたら例えそれが恐ろしく緻密に計算された作戦だったとしても逆らえるはずがない。オレってホント情けないくらい絆されてる。

 

がさごそと買出しのコンビニ袋を漁りながら大ちゃんの顔が綻ぶ。

リクエストしたいくつものお菓子を見比べながらどれから開けようか迷っている。

オレはあっと言う間に広げられたお菓子を眺めながら思わず呟いた。

 

 

「そんなにお菓子ばっかり食べると太るよ。」

 

 

「何だって?」

 

 

耳聡い彼はスイート天国に水を注すオレの言葉に片眉を吊り上げていかにも江戸っ子らしく聞き返す。

 

 

「ダイエットするんじゃなかったの?

最近完全に乗ってないでしょ、自転車。腰痛持ちなんだからさ、ちゃんと筋力つけなきゃダメだよ。

大体ね、腹筋と背筋のバランスが悪いからなんだよ。大ちゃん、無駄に腕力あるからさ。」

 

 

「無駄に?」

 

 

言葉尻を捕らえて彼がジロリと睨む。

 

 

「いや、ホラ、シンセでさ、鍛えられてるじゃない?

だから何でも腕の力でこなしちゃうけど、人間の芯になるところはさ、やっぱり腰なんだよ。

だからバランス良く筋力つけなよって前にも言ったよね?オレ。ロングブレスもオススメしたじゃん。」

 

 

「うっさいよ。ああいうのは僕向きじゃないの。もっと合理的なさぁ〜。」

 

 

「その合理的なマシーンは今、ホコリ被ってるよね?」

 

 

間髪入れずに当初は大張り切りで乗っていたマシーンを指差すと彼はふいっと視線を逸らし、

 

 

「・・・だって、飽きちゃったんだもん。」

 

 

口を子供みたいに尖らせた。不毛な言い合いにオレはため息をつく。

 

 

「もう、オレが大ちゃんの専属トレーナーになってしごいてやる。」

 

 

「やだよ。ヒロのはドMな運動だもん。僕は楽しく運動したいんだから。」

 

 

あっけらかんと言い放つ大ちゃんにオレは項垂れた。

それでダイエットなんて出来るはずがない。

結局のところ犬の散歩が一番確実な運動になりそうだ。

 

オレは離れたところで寝そべるジョンをチラリと見た。

ジョンは大好きなパパと散歩に行けないフラストレーションかガウガウとホネを齧っていた。

 

 

ジョン、お前だけが頼りだ・・・。

 

 

オレがそう思いながら項垂れてる間にも大ちゃんはお菓子の包みを開いて嬉しそうに口に入れた。

結局食べるんだ・・・そんな思いで大ちゃんを見るとその視線に気付いた彼が『文句ある?』って顔でオレを見た。

 

 

「お肉我慢してるんだからこれくらい良いでしょ。ホントは美味しいステーキを食べに連れて行ってもらう予定だったのに。」

 

 

「誰に?」

 

 

ムッとしながら聞き返す。すると彼はニヤリと笑ってオレの嫉妬を楽しむように言った。

 

 

「ヒロに。」

 

 

「へ!?オレ?」

 

 

コクリと頷く彼は企み顔。

 

 

「だってさぁ〜今日はバレンタインじゃない?優しいダーリンはバレンタインデートに僕の一番喜ぶところに連れて行ってくれるでしょう?僕ねぇ、行きたいとこ、あったんだよねぇ〜。」

 

 

乙女な眼差しでオレを惑わす憎らしいくらい可愛らしいこの人は、こう言う時の甘え方は今日日の女子にも負けてないと思う。

 

 

「しょうがないじゃん。大ちゃん動けないんだからさ。元気になったら連れて行ってあげるよ。」

 

 

「ホント?やったぁ!さすがヒロ!!」

 

 

そんな風に言われると満更でもないんだけど、でもバレンタインと言うことは・・・

 

 

「ちょっと待ってよ。チョコは?大ちゃん、オレにチョコくれないの?」

 

 

そうだよ。ステーキより何より、まずはチョコでしょう!

 

 

オレが大ちゃんにねだると大ちゃんは途端に可愛らしい乙女の顔を脱ぎ捨てて、

 

 

「あのさぁ、こんなで買いに行けたと思ってるわけ!?」

 

 

「えぇ!ゴディバは?オレ、楽しみにしてたのに、ゴディバ!」

 

 

喚くオレを呆れたように見つめて仕方ないなと言ったように自分が食べていたチョコレートを一粒、作った極上の笑顔でオレの口元に運んだ

 

 

「はい。ハッピーバレンタイン。」

 

 

放り込まれたのはオレがさっき買ってきたイチゴ味のチョコレート。

 

 

「ゴディバじゃないよ。」

 

 

モグモグと口の中のチョコを噛み締めながら恨めしそうに抗議する。

するとまたしても呆気なく極上の笑顔を打ち捨ててベッドサイドに楽譜と一緒においてあったサインペンを手に取ると、食べかけのその箱に大ちゃんの丸い字で『ゴディバ』と殴り書き、

 

 

「はい、ゴディバ♪」

 

 

口角をキュッと上げて大ちゃんが甘える時の絶対角度で小首を傾げ、でも目だけは笑っていない冷ややかさでそのお手製ゴディバを差し出した。

 

 

「・・・あ、りがと。」

 

 

ステーキとコンビニチョコの落差を考えながら渋々受け取ろうと手を伸ばすと、大ちゃんは軽く舌打ちし、お手製ゴディバを次々と口に放り込んだ。

 

 

「あ!オレのチョコ!!」

 

 

モグモグと男らしく口の中のチョコを噛み砕く。

 

 

「酷いよ、大ちゃん。本気でくれない気?」

 

 

フフンとチョコを噛みながらオレを手招きして手を出せとジェスチャーしてみせる。

やっぱりちゃんと用意してくれてるんじゃんと嬉しくなっていそいそと手を差し出すと、その手の平の上にさっき大ちゃんが頬張ったチョコの包みをバラバラと乗せる。

 

 

「え!?ゴミじゃん!ちょっ、大ちゃん!!」

 

 

怒って大ちゃんを睨むと意地悪そうに笑う大ちゃんの楽しそうな顔が間近にあった。

 

 

「もう、だいちゃ!んんっ!?」

 

 

意地悪そうな笑顔が見る見る近付いて滑らかな体温が唇に触れた。

 

 

「んん・・・。」

 

 

唇に感じるノック。

滑り込んで来た彼は甘いチョコの味。

2人の間で蕩けあうチョコの食感に夢中になって舌を伸ばす。

 

2人が同じ味わいになると満足そうに彼が唇をほどいた。

意地悪そうな瞳と再び出会う。

 

 

「とろけるショコラ、なんてね。ゴディバの方が良かった?」

 

 

ペロリと残った甘さを味わうように唇を舐めて憎らしいくらい可愛らしい恋人は笑った。

 

確信的犯行。

手書きのゴディバの文字、手の平にばら撒かれたチョコレートの包み、全部彼の計算通り。

やられたよ、まったく。

 

 

「・・・これだけ?」

 

 

余裕を装い同じように唇を舐めて彼を誘う。

 

 

「期間限定だからなぁ。手に入るかどうか。」

 

 

クスクス笑いながらその手は新しい包みを開ける。

2人の間で蕩けるショコラ。

もう来年からはどんな高級チョコも彼のお手製ショコラには勝てやしない。

きっとこれを貰うまでは満足出来ないに違いない。

オレはとろけるチョコのように甘く溶かされた思考の隅でそう思った。

 

 

 

 

 

   END 20120214