<After Summer>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ〜。」

 

 

何かを話そうとしたのではなく、ただだらしなく息を吐き出しながら大介は咥えタバコの端から声を漏らした。

脱力したように四肢を投げ出して傍らで尻尾を振り続けている愛犬を先程から撫でている。

愛犬はお気に入りのパパの隣で嬉しそうに時折止まりそうになる手をベロリと舐める。

 

 

「あぁ〜・・・。」

 

 

くぐもった声に眉を顰めた男はそれでもそれすら愛おしいかのように大介の前にマグカップを置いた。

 

 

「オヤジくさいよ大ちゃん。」

 

 

「あん?」

 

 

彼特有のハッキリとしない発音で視線を送ってきた大介は口から煙をこぼしながら器用にため息をついた。

 

 

「なんか燃え尽きちゃたんだよねぇ・・・。」

 

 

ダランとソファに身体を預けながらそう呟いた彼の気配に愛犬が大きな身体を揺さぶってあくびをする。

 

 

「もぉなんもする気おきねぇ・・・。」

 

 

短くなったタバコの灰を落とすのさえ億劫そうに言う。

長くなった灰がしゃべるたびに震えて落ちそうで博之は灰皿を取り上げ彼の口から灰ばかりになったタバコを取り上げた。

口淋しくなった大介は懲りもせず新しいタバコに手を伸ばそうとしてそれを見咎められた博之にその手を止められた。

じっとりとした視線で口を尖らせる。

 

 

「どうせまた灰にするでしょ。」

 

 

呆れた顔で大介からタバコを取り上げた博之はそれを彼の視線から隠すように自分の後ろポケットにしまった。

 

 

「ケチ。」

 

 

悪態をついて、それでもやる事がなくなった大介は眠りの縁に腰掛けていた愛犬を強引に引き戻すかのように撫でた。

 

 

「ちょっとジョンくん、歌のお兄さんが僕にタバコ吸わせてくれないんでちゅよ〜。ひどいでちゅね〜。」

 

 

些か迷惑そうな顔でベロリとひと舐めすると再び目を閉じようとする愛犬に構わずグチグチと続けた。

 

 

「からまないの。も〜大ちゃん。」

 

 

笑いながら愛犬とは反対側に腰掛け大介を緩く抱きしめつむじにキスを落とす。挨拶程度の小さなキス。

さして気にした様子も見せず、仰け反って博之を仰ぎ見た大介の額に再びキスを落とす。

 

 

「キス魔。」

 

 

批難する口調とは裏腹にちっとも動じていない。

博之は三度キスを落とした。今度は唇に。

 

 

「キス魔。」

 

 

軽く撫でて行った唇を冷ややかに見つめながら同じセリフを口にする。ふてぶてしいとも思える大介の態度に博之は苦笑する。

あの頃は、まだ自分達がこういう関係になって間もない頃は大介の態度も初々しくて、髪に落とすキスさえも小さく首を竦めて見せて、上目遣いに見つめてくる瞳は恥ずかしそうに端を赤く染めていた。それが・・・年月と言うものは時に哀しいくらい現実的だ。

 

博之は大介を抱えるように腕の中へ閉じ込めると、気だるげに薄く開かれた唇の隙間にゆっくりと舌を差し入れた。

小さくくぐもった声が漏れるものそのままに丹念に舌の裏側まで舐め取るとゆっくりと唇を離した。間近で自分を見ていた大介にニッコリと微笑む。

 

 

「そんな気分じゃないんだけど。」

 

 

博之の腕に全体重を預けたままの大介がいかにも面倒くさそうに言った。

 

 

「もぉ可愛くないなぁ。大ちゃんだってしっかり舌動かしてたじゃん。」

 

 

「そりゃ入れられれば動くだろ。そこはほら、サービス?」

 

 

「サービスって・・・。」

 

 

大介のセリフにガックリと肩を落とした博之だったが、反面こういうやり取りが出来るのが嬉しくもある。

初々しいもの好みではあるがさすがにこの歳だ、そればっかりは面倒くさい。

恥じらいも忘れたような馴れ合いの中からさらに恥らう事を探すと言う少々Sっ気のある行為の楽しみを知ってからは、可愛いばかりじゃないこの人により一層の愛情を感じている。

それこそ大介に知られたらやり返される恐れのあるような感情だけれども。

 

博之はそのまま唇の端から顎の先、首筋、鎖骨とキスを落とした。

 

 

「だからさぁ、そう言う気分じゃないって言わなかったっけ?」

 

 

抵抗するわけでもなく、ただちょっとだけ眉を吊り上げてギロリと博之を睨む。

 

 

「じゃあどうしたらそう言う気分になる?」

 

 

「ならないって。もぉ何もする気起きない。」

 

 

その言葉通り博之のイタズラにも何の反応も見せない。その事に男としての尊厳が少し傷つけられた博之はひたと大介を見つめた後、まるで彼の愛犬のようにカプリと大介の胸に噛み付いた。

 

 

「・・・じゃあ好きにする。」

 

 

カプカプと甘噛みを繰り返す博之に眉間の皺を増やしながら大介はそれすらも面倒くさそうに博之の頭を叩いた。

 

 

「痛いんだよ、バカ。」

 

 

「歯、立ててないじゃん。」

 

 

「うっさいよ、痛いって。」

 

 

「じゃあ舐める。」

 

 

ざらりとした服の上から同じところばかりをペロペロと舐められて大介はさらに不快の皺を濃くした。

 

 

「服がベチャベチャになるだろ!」

 

 

引き剥がしにかかった大介より速くパッと離れた博之は満面の笑みを浮かべて晴れやかに言った。

 

 

「じゃあ脱がしていい?」

 

 

結局こういう展開なのかとうんざりした気分で期待に満ちた目でコッチを見つめている博之に身体を預けると博之は嬉しそうに背中をさすり、大介を抱き寄せて早速シャツの裾から手を差し入れた。

 

 

「ホント学習しない奴。」

 

 

「大ちゃんもね。」

 

 

互いの性癖を嫌と言うほど解っている2人はしてる行為の色気とはかけ離れた顔で笑った。

 

 

「燃え尽きちゃったねぇ・・・。」

 

 

ポツリと漏らしたその言葉はじんわりと互いに浸透する。

ツアーの後は少なからずこうなるけれど、今回は特に酷い。

20周年と言う看板を背負った緊張感からなのか、アルバムとの平行作業のせいなのか、興奮も虚脱感も一層増していた。

 

 

「ホント終っちゃったねぇ。」

 

 

ポツリポツリと落とされる大介の言葉にうんうんと頷きながら大介の素肌をまさぐっていた博之はイタズラのように動かしていた手をヒタリと止めてそのまま大介を腕の中へ閉じ込めるとキュッと愛おしそうに抱きしめた。

 

 

「おつかれ。」

 

 

柔らかい吐息と共に吐き出された言葉は深く大介の心の泉に落とされる。

 

 

「ホントにお疲れ、大ちゃん。」

 

 

「ヒロ?」

 

 

「大ちゃんで良かった。オレを選んでくれたのが大ちゃんでよかった。」

 

 

蕩けるような微笑みで告げられた言葉。

時折こんなふうに告げられるその言葉を大介は何でもない風に受け流す事に苦心する。

それはずっと大介の中で繰り返されてきた言葉。

こんな気難しい自分とずっと一緒にいてくれた。

どんな事にもついてきてくれた。

僕を選んでくれた・・・。

決して穏やかではなかった道程の中でずっと僕だけを信じていてくれた。

その美しい声を僕にだけ捧げてくれた・・・。

 

 

「お、おうよ。ヒロの声を活かしきれるのはこの世にこの浅倉様だけだからな。」

 

 

「きゃぁー浅倉様ったら男らしいぃ!」

 

 

わざと作った博之の高めの声に大介はホッと息をつく。

本当は誰よりもこういう空気が苦手なのは大介の方だ。

営業用の顔ならいくらでも取り繕う事は出来るが、この男の前でそうする事はあまりにも困難だ。それだけ解られてしまっている。

どれだけの気持ちがソコに伴うものなのか、きっとこの男はその鋭い嗅覚で探り当てるに違いない。

 

 

「ホント大ちゃんには感謝してます。も〜一生ついてくっっ!」

 

 

浅倉家の愛犬と同じような勢いで大介に飛びついてきた博之は本物の犬のようにその親愛の情をキスで示した。

 

 

「んも〜〜大ちゃんスキスキ!」

 

 

「バッ・・・さかってんじゃねーよ!」

 

 

博之のキスの嵐を無下に振り解く。それでも面白がってじゃれてくる博之は終いには犬の真似までしだして大介に頭を叩かれた。

ゲラゲラと笑い転げる博之の腕の中から逃れた大介は傍らで笑いを押さえ込めずにいる博之の髪をくしゃりと握った。

 

 

「メジャーにさせてやれなくてゴメンな。」

 

 

「大ちゃん・・・?」

 

 

「僕みたいなのと一緒じゃなかったらもっと違う人生があっただろうに。もっと華やかで、もっと輝ける場所が。」

 

 

大介は淡々とそう告げる。その表情を博之は黙って見つめていた。

 

 

「僕はそのレールから外れた。その事を後悔したことはない。でもヒロまで巻き込んで・・・僕のワガママで。だからもしヒロがそれを望むなら僕は、」

 

 

「大ちゃん。」

 

 

博之の優しいが咎める声がその先を制する。

 

 

「オレは望んでここいいるよ。ここが一番自分に近い場所だから。大ちゃんはまたオレを歌うだけの人形にしたいの?」

 

 

大介は小さく首を振る。

 

 

「知ってるでしょ?オレにそういうのが向いてないって事。」

 

 

あっけらかんと笑う博之に唇を噛み締める。

向いていないわけがない。これだけ人を惹き付ける魅力を持っていて向いてないなど言わせない。

始めて逢った時から心を奪われていた。まだ彼が何者なのかを知る前から。

ただその瞳を見ただけで惹き付けられて、声を聴いたら衝撃が走った。もう離れられないと思った。

それなのに目の前の男はそんな自分の魅力を微塵も評価していない。

その事に甘んじていた事もあったがどこか後ろめたい気持ちが大介の中には常に存在していた。

正統な評価を彼に与えてあげられない事、それだけが大介にとって唯一の後悔なのかもしれなかった。

 

 

「オレはね、本物の輝きが何だか、知ってるつもりだよ。それがここにしかない事も。」

 

 

鮮やかに微笑む彼に大介は熱くなり始めた目頭にグッと力を込めて精一杯の悪態をつく。

 

 

「言ってろ、バーカ。」

 

 

「アハハ。ひでぇよ大ちゃん。そこは同意するとこでしょ。」

 

 

屈託なく笑う博之に何度も救われてきた。

本当は気付いてないはずなどないのだ、今の自分が置かれている場所に。そしてもしかしたら自分が上り詰めていられたはずの場所も。

望めば与えられるだけのものをこの男は持っているのだから。

それでもこの自分の隣で何もかもを捨てて、この僕だけを・・・そう思うと大介はこの男を鮮やかに歌わせ続ける責任を感じる。

他の誰でもなく自分だけを選んでくれた博之の為に。やっぱり大ちゃんを選んでよかったと笑わせてやれるように。

 

 

「今年は休んでる暇なんかねーぞ。馬車馬のように働かせてやるから覚悟しとけよ。」

 

 

「やる気おきねーってグダグダしてたの大ちゃんでしょ?」

 

 

「そんな事いつ言った?」

 

 

「えぇ!?どの口がそれを言ってるんですかっ!!そんな口にはお仕置きです!」

 

 

そう言って笑いながら唇を奪いに来る博之にぎゃあぎゃあと喚きながら大介も笑っている。

 

再び笑い会える日がくるなんて思えなかった事もあった。

隣に並ぶ面影に苦しめられた事もあった。

そうして過ごしてきた20年だ。

今はこうして隣にいる。それがどれだけ幸せな事か2人は身を持って知っている。

博之はこの場所を不満ではないという。自らが望んでこの場所にいるのだと。

その言葉を騙されたと思って信じてみるのも悪くないと大介は小さく微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

   END 20120902