<チョコレートはいかが?>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2月14日、バレンタインデー。

世の中、浮き足立ってるスペシャルな1日。もちろんそれはオレ達にとってもそうなんだけど。

 

毎年事務所にはたくさんのチョコが送られてくるけど、一番大切なのはお互いにあげるチョコで、ファンの子には申し訳ないと思うけど、みんなのチョコは明日以降にちゃんと目を通すから・・・って毎年心の中で謝って。

でもやっぱり一番好きな人のチョコに勝るものはないわけで、きっとそれは大ちゃんも同じ。

 

 

バレンタイン売り場も今日が最後という午前中。デパートはさすがに閑散としてる。

そりゃあ今日、渡すんだから遅くても前日までには買ってるんだろう。だからここ最近はこの日を狙って買い物に行く。

さすがに女の子のわんさかいる中に入っていく勇気はない。バレンタインの期間はさすがに男がチョコを買う姿は目立ちすぎる。

 

 

ぶらりと開店同時にやって来たチョコ売り場で大ちゃんの好きそうなチョコを物色する。

その間も店員さんの視線はちょっと痛いけど、そこはサングラスでガードして・・・。

 

見た目も可愛らしいチョコに目星をつけ、お買い物。

メッセージカードをつけてもらって、可愛らしいラッピングをお願いして、怪訝そうな顔をして見せた店員さんに、姪っ子にねだられて・・・なんて苦しい言い訳。

そんな一言でも店員さんは騙されてくれたようで、それじゃあピンクのリボンにしますか?なんて聞かれて、赤のがいいかな〜・・・なんてさりげなく軌道修正。

ごめん、大ちゃん。愛する人へのプレゼントですって胸を張って言えないオレを許して。

 

会計を済ませて、ラッピングを待っている間に突然携帯が震えた。着信を確認すると大ちゃん。

 

 

「どうした?」

 

 

待ちきれなかったのか?なんて浮き浮きしながら電話に出ると聞こえてきた声に頭が真っ白になった。

 

 

「ヒロ・・・たすけて・・・。」

 

 

「大ちゃん・・・!?」

 

 

売り場中に響くような声で聞き返したけど、大ちゃんからの答えはない。電話の向こうから苦しそうな息遣いが聞こえるだけ。

 

オレは形振り構わず走り出す。

後ろから慌ててオレを呼ぶ店員さんの声に「後で取りに来ますから!!」とだけ答えて大ちゃんの下へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大ちゃん!!」

 

 

靴を脱ぐのも慌しく駆け込んだ部屋の中に大ちゃんの姿を探す。

どこ!?どこ!?どこだよ、大ちゃん!!

リビングもベッドルームも、スタジオも覗いてみたけど、どこにも大ちゃんの姿が見当たらない。

 

 

「大ちゃん!!」

 

 

どこかにいるだろう大ちゃんからの返答を待ってオレは叫んだ。するとガタっと物音が。

 

 

「大ちゃん!!」

 

 

物音のする方へ足を進めると弱々しい大ちゃんの声がした。

 

 

「ひろぉ・・・おふろぉ・・・。」

 

 

お風呂!?

慌ててバスルームに駆け込むと浴槽から半分だけ身を乗り出してぐったりと倒れた大ちゃんがいた。

 

 

「大ちゃん!!」

 

 

慌てて濡れたままの身体を浴槽から引き上げる。

 

 

「どうしたの!?大丈夫!?」

 

 

くったりとした全裸の大ちゃんをそばにあったタオルで包み込む。

されるがままになっていた大ちゃんが小さく呟いた。

 

 

「・・・のぼせた・・・。きもちわる・・・。」

 

 

はぁ???のぼせた???

 

 

大ちゃんの口から出たのはこっちの考えとは180度もかけ離れてて・・・。

 

 

のぼせたって?えぇ???

 

 

しばし頭の中を切り替える作業に呆然とする。

うぅ〜・・・って苦しそうに唸る大ちゃんに慌てて包んだタオルごと抱き上げるとベッドに向かった。

とりあえず水を飲ませ、濡れた身体を拭いてあげているとようやく大ちゃんが自力で起き上がった。

 

 

「大丈夫?」

 

 

「ごめん、ヒロ・・・落ち着いた。」

 

 

頭を軽く抑えながら起き上がって来た大ちゃんは、それでもまだボーっとしている。

 

 

「もぉビックリしたよ。いきなり助けてだもん。」

 

 

「ごめん。ちょっと頑張りすぎた。」

 

 

どうやら大ちゃんが言うには今日は寒いからお風呂の設定温度を1度上げたらしい。

ちょっと熱いな〜とは思っていたけどいつもより早く出るのは負けた気がして、もうちょっともうちょっとと我慢していたんだとか。

よし!と思って立ち上がったら立ちくらみがしてもう動けなかったそうな。それであんな切羽詰った電話。

 

浴室から出るだけの気力もなく、やっとの思いで半分だけ身を乗り出してそれが限界だったらしい。

バツが悪そうな大ちゃんは大人しく濡れた頭をオレにバスタオルでガシガシ拭かれてる。

 

 

「もしオレがつかまらなかったらどうするつもりだったの!?危ないよ、ホントに!」

 

 

「でもアベちゃんに電話するわけにいかないでしょ?」

 

 

ぷっと膨れた全裸の大ちゃんを見て、オレは納得せざるを得なかった。

 

 

「だよねぇ・・・いくらアベちゃんが男っぽいって言ってもねぇ・・・。」

 

 

「僕だってやだよ。」

 

 

ぷくっと頬を膨らませて講義する。

 

 

「それにね、今日は用事があるんだって。朝一でワンコたち預けに来たもん。」

 

 

「え?そうなの?」

 

 

コクリと頷くと大ちゃんはリビングの一角に作られたケージを指差した。

 

 

「あぁ!!」

 

 

大ちゃんの声にビックリしてそっちを見るとなんだかケージの中が・・・。

 

 

「もぉ!!おしっこマットボロボロにしてる!!」

 

 

うなだれる大ちゃんに改めてケージの中を見ると・・・そうか、アレがおしっこマットだったって言うわけか。

もう既に原型を留めていないボロボロの綿紙みたいなものが散乱してる。

 

 

「もぉ〜パウダーちゃんの仕業だな〜。」

 

 

メッて顔してそっちを見ている大ちゃんにそ知らぬ顔の子犬。

これがアベちゃんが新しく飼い始めたって言う子か。ケージの中でくりっとした目をしてみせる子犬と目が合った。

 

 

「また随分ちっちゃいね。」

 

 

「うん。まだ3ヶ月だしね。しょうがない・・・チョコ貰った分は甘やかしてやるか・・・。」

 

 

そう言ってため息をつく大ちゃんの言葉に・・・。

 

 

「あぁ!!」

 

 

忘れてた!!

 

 

「チョコ!!」

 

 

「ヒロ?」

 

 

怪訝そうな顔してこっちを見る大ちゃんにオレは事の経緯を話した。

 

 

「それで?そのまま来ちゃったっていうわけ?」

 

 

「だって、何事かと思うじゃん。チョコどころじゃないよ。」

 

 

「ええ〜。じゃあ、チョコは?もちろん僕のためのチョコだったんだよね?」

 

 

「当たり前じゃん!!」

 

 

一体大ちゃん以外の誰のためのチョコだと思うんだろう。

バレンタインのこの期間に男がチョコを買いに行くのは相当な羞恥プレイなのを知っててそういう事を言ってくる。

大ちゃんのためじゃなきゃ絶対にしないって、どうして信じてくれないのかな〜。

 

 

「えぇ〜チョコ〜。」

 

 

口を尖らせる大ちゃんにオレはテーブルの上に置いておいた車のキーを手にした。

 

 

「ちょっと取ってくる。待ってて。」

 

 

ポンと頭を撫でて出て行こうとするオレの手を大ちゃんが引きとめる。

 

 

「ん?」

 

 

じっと上目遣いで見つめてくる目。

 

 

「チョコ、取ってくるよ。」

 

 

「や。」

 

 

「や、ってさ・・・チョコ・・・。」

 

 

オレの手を掴んだままの大ちゃんは上目遣いのままクスリと笑った。

 

 

「手作りチョコってさ、お湯で溶かしてぇ、好きな形にするって知ってる?」

 

 

いきなり訳の解らないことを言い出した大ちゃんを黙って見つめる。

 

 

「そのチョコは、今取りに行かないとダメ?」

 

 

「・・・ダメ、って・・・大ちゃん、欲しいんじゃないの?」

 

 

「だぁかぁら!!このチョコレートはヒロの好きな形にしても良いんだけどなぁ〜。」

 

 

「このチョコレートって・・・?」

 

 

オレは言われたチョコレートを探そうとキョロキョロ周りを見回す。

すると大ちゃんがオレの手をぎゅっと引っ張り、

 

 

「こぉ〜の!!」

 

 

って・・・尖らせた口で自分自身を指差して・・・。

 

 

「いい具合に湯上がってるんだけど。このチョコは嫌い?」

 

 

自分で言っておいて真っ赤になる大ちゃんが可愛くてオレはぎゅっと大ちゃんを抱きしめた。

 

 

「嫌いじゃない!」

 

 

抱き込んだつむじチュッと小さくキスをしてオレは手の中に握りこんでいた車のキーをテーブルに戻した。

 

 

「このチョコ、いただいてもいいですか?」

 

 

大ちゃんの視線に合わせそう尋ねる。

 

 

「バレンタインだからね。どぉーぞ。」

 

 

くすりと笑って大ちゃんが答える。

 

 

「それじゃあ遠慮なく・・・。」

 

 

そう言ってオレは赤くなった大ちゃんにチュッとくちづけた。

湯上がった大ちゃんからはチョコとは違うけど、甘いミルクの香りがした。

 

 

 

 

 

ハッピーバレンタイン。

この後は、大人の時間・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      END 20110214