僕達はホントに長い間こうして走ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<still  night>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一瞬の静寂。

 

ツアーの始まる前の静まり返った夜。

1人になった夜。

 

 

リハの休憩中、誰もいない本番のステージを何も言わずにぼんやりと見つめて、ふとした空気の流れに隣で同じようにしていた君に気付く。

 

もう何度こうして不思議な一瞬を過ごしてきたんだろう。

高揚感と不安と、今までやって来た事を必死に信じて、自分自身を一番疑って、果たしてこれでやり残した事はないだろうか、ifの繰り返し。

口を閉じてじっと前を見据えてこの空間が熱気に包まれる事をイメージする。

 

 

大丈夫、僕達はやれる。

必ずやれる。

 

 

イメージした熱気を纏うように最後のゲネが終ると、持て余した熱が身体中を回る。

24時間後にはもう総てが終っている。

どんな反応も目の当たりにしている。

 

ステージと言う不思議な空間。

何もないところからこうして光鮮やかな夢の空間を作り上げるのに、終ってしまえばただのガランとした薄暗い空間に戻る。

まるで魔法みたいに。

 

 

 

シンと静まり返った夜は眠れない。

いつもと変わらない夜のはずなのに、頭が冴え冴えとして眠れない。

鼓動が収まらず、眠れない。

 

何度も寝返りをうってギュッと目を閉じて、けれど余計に眠れない。

近くにやってきたフサフサの毛並みを撫でてみるけれど落ち着かない。

 

自分のものではない高めの体温に、こんな時自分を唯一穏やかにしてくれるだろう人を思い浮かべる。

 

 

彼は今、何をしてるだろう。

 

 

もうすぐ明けそうな白み始めた闇の中で思う。

安らかな寝息を立てて眠っているだろうか。

それとも同じように眠れずに明け始めた空を見つめているだろうか。

 

 

声がききたい。

 

 

さっきまでの熱気と、数時間後に訪れるだろう高揚感の狭間に落とされた静寂の時間。

こんな夜を何度も越えて僕達はステージに立つ。

 

 

彼の声がききたい。

 

 

彼の今の鼓動を感じたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『・・・はい?』

 

 

眠りから覚めきらずに掠れた声が答える。

たったそれだけで穏やかな気持ちになる。

 

もっと声が聞きたくて耳をそばだてる。

するとガサガサと寝返りをうって時間を確認したのだろう、一瞬彼の気配が遠くなって衣擦れの音の向こうから何も言っていないのに彼の僕を呼ぶ優しい声が聞こえた。

 

 

『眠れないの?』

 

 

艶めいた声は突然眠りを妨げた僕を気遣うもの。

 

 

「・・・寝てた、よね。ゴメン。」

 

 

『平気だよ。それよりどうしたの?こんな時間に。眠れない?』

 

 

「うん・・・。ヒロの声、聞きたくなった。」

 

 

彼は電話の向こうで顔を緩ませた。すぐそばに感じるよう。

 

 

『オレも聞きたかったよ。大ちゃんの声。』

 

 

「ウソばかり。寝てたくせに。」

 

 

『聞けないの淋しいじゃん?だからフテ寝。』

 

 

「・・・ばか。」

 

 

起きぬけの色っぽい声で耳共に囁かれて、くすぐったさに身を捩る。

 

 

『大丈夫だよ。オレがいるよ。』

 

 

「ヒロ?」

 

 

急に感じるあたたかいトーンに僕は閉じていた目を開いた。

目の前には白み始めた部屋の空気。

いつもと変わらず一日が始まろうとする夜明けの静けさ。

 

 

『オレはいつだって大ちゃんのそばにいるよ。』

 

 

声と共に流れ込んでくる、彼の優しい気持ち。

 

 

『目、閉じて。オレが子守唄うたってあげる。今からなら少し眠れるから。』

 

 

言われるままに目を閉じる。すると彼の声が少し近付いたような気がした。

 

 

『そばにいるでしょ?』

 

 

見透かされたようにそんな事を言われて思わず小さく膝を丸めた。

 

 

「・・・寝る。」

 

 

急に恥ずかしくなってそう答えると、彼は耳元で優しく笑った。

 

 

『ん。おやすみ、大ちゃん。』

 

 

「おやすみ。」

 

 

『また後でね。』

 

「ん。」

 

 

満ち足りた気分で電話を切ると、さっきまで遠のいていた眠気が一気に襲ってくる。

 

 

彼がいれば平気。

 

落ち着かないこんなひと時も彼の存在が僕を満たしてくれる。

 

 

 

 

一瞬の静寂。

 

ツアーの始まる前の静まり返った夜。

 

目を閉じた傍らに彼の温もりを感じる。

 

 

 

大丈夫、僕達はやれる。

 

 

 

身体の中でざわめいていた気持ちが穏やかに凪いでくる。

僕はその気持ちをあたためるようにそっと抱きしめた。

 

 

夜明けはもう、そこまで来ている。

 

 

 

 

       END 20110805