<1/2の悪戯>
オレ達はお互いの仕事の状況を関知しない。
もちろん話したければ話せばいいし、聞いてもらいたい事だってある。
だけど、逐一報告なんてしない。だから下手すれば相手がどっかで舞台に出てても知らないなんて事がある。
まぁ、彼に限ってはそんな事はないけど、オレは結構忘れっぽいから。
全部を話す必要なんてない。そこは自己判断。
それがオレ達のルール。
「はよ〜〜。」
何となくスッキリしない頭を抱えて今日の仕事にマネージャーと向かう。すでに一仕事終えてきたのだろう林さんはオレのこのグダグダな様子を見て軽く溜息をついた。
「しゃんとしてくださいよ。今日は顔合わせなんですから。」
「は〜〜い。」
後部座席に収まったオレをバックミラー越しにたしなめてハンドルを切る。もう通用しなくなった曖昧な笑顔を返しておいて、オレはおもむろに引っ掴んできたサングラスをかけた。
最近頻繁になりつつある舞台の仕事。ありがたい事に年に3本は出させてもらっている。舞台が終わる頃には次の舞台のオファーが入り、一息ついたらまた稽古だ。最近じゃどっちが本業か解らなくなる。オレは歌うたいだったはずなのに。
まぁ、アーティストなんて言えば聞こえがいいから、そんな他愛もない言葉にオレも騙された気になってみる。
今度の舞台は9月。accessのツアーと稽古が被る。大ちゃんに迷惑かけちゃうかもなぁ・・・。
まぁ、大ちゃんもその頃忙しくなるかもって言ってたからお互い様かも知れないけど。
目的地までまだ多少時間がある。オレは少し仮眠を取ろうと目を閉じた。
背中が微妙に筋肉痛だ。昨日のゴルフのせいかも知れなかった。
「おはようございます。」
愛想よく笑顔を振り撒いて会議室に入る。この業界、第一印象が重要。まぁ、そこでしくじった事は数えるほどしかないけれど。
何故か年上のお偉方には気に入られるらしいオレのこの性格。へらへらしてる方が上手く行くって気付いたのはいつだったろうか。
スタッフに促されて席に座ると、向かいに今回の相手役、紫吹さんが座った。
「あ・・・貴水です、よろしくお願いします。」
軽く席を立って挨拶すると紫吹さんがにやりと笑った。
「紫吹です。いろいろとお噂はお伺いしてますよ。」
「へ?」
「悪意のない天然、なんですって?」
「なんですかソレ。」
「リサーチ結果です。いろいろ悩まされたって言ってましたけど。」
さらりとそんな事を言って紫吹さんが座りなおす頃には、他のキャスト・スタッフもほぼ揃って来ていた。演出家の樫田さんが入ってくるといくつか空席が目立つ中顔合わせが始まった。
紹介されて行く人の顔を確認しながら自分もぺこりと挨拶をする。キャストのうちの1人が他の仕事とバッティングしていて欠席だという。そうなると空席はあとひとつ。黒髪が印象的な、オリエンタルな雰囲気の振付家川崎さんの隣が空いている。
となると・・・スタッフのうちの誰か、居ないのは・・・。
いる人全部の紹介が終わって、司会者がその空席の主を紹介しようとした時だった。
「スイマセン、遅くなりました。」
後方の扉を開けて入ってきた聞き覚えのある女性の声。そしてその後ろから入ってきたのは・・・。
「だい・・・っ!?」
思わず叫びそうになって慌てて止めた。そんなオレを視線だけで笑ってその人は空いていたその席についた。
「遅くなりました。今回音楽を担当させていただきます、浅倉です。よろしくお願いします。」
そう言ってあのいつもの営業用の笑顔を向ける。
聞いてないんですけど!!
大人しく席に座っているのは猫を被ったままの彼。柔和で人当たりが良くて、仕事もきっちりとこなす頼れる男。決して暴言なんて吐きそうもない。そんな彼に向かってオレは心の中でさんざん悪態をついた。
穴が開くほど睨んでやると、スッと視線を上げた彼がにやりと笑った。
このやろう!!知ってたな!!
全くたちが悪い。知ってるなら何で言わないんだよ!!
オレが舞台の話をした時は何にも言わなかったくせに。ハワイの日程を決める時に、オレ舞台があるって言っただろ?
それなのに!!
しれっとした顔で、僕もその辺忙しいからなんて・・・。
和やかな雰囲気に合わせるように愛想笑いを繰り返し、イライラとしたまま顔合わせは終わった。バラバラと席を立っていく人の中から彼を辿る。会議室を出たとこでオレは彼の腕をひっぱり別の部屋へと入った。
「何で言わなかったんだよ。」
ドアを背中で閉めてからそう言った。彼はただ笑うだけで、オレの問いに答えない。
「大ちゃん!!」
痺れを切らしたオレが彼を呼ぶと彼は笑いながら近くの席に座った。
「ヒロの顔。」
腹を抱えて笑う彼は身を捩って机に突っ伏した。
「あの瞬間のヒロの顔ったらないね。鳩が豆鉄砲喰らったってああいう顔を言うんだろうな。あ〜おかしい!!」
「大ちゃん!!」
オレの声に机から顔を上げた彼が言った。
「これはaccessの仕事じゃない。浅倉大介の仕事。いちいち言う必要、ないだろ?」
「そうだけど・・・たちが悪いよ。」
睨み付けても何とも思ってないのか、ただ笑うだけの彼。
「ヒロの驚く顔が見たかった。一丁前にすました顔して。俺といない時はあんな顔するんだ。」
そう言いながらオレを下から視線で舐める。
「解ってないんだよ。誰も、お前の良さ。下手な歌、作りやがって。」
再びドカッと椅子に腰掛けて彼が言った。
本当はオレなんかより男らしい彼。決して仕事相手の前では見せようとしない本当の姿。
「俺が歌わせてやる。奴らが身震いするような歌、作ってやる。だから黙って俺に委ねてりゃあ良いんだよ。」
「イテッ!」
軽く弁慶の泣き所を蹴られて、痛さにそこをさする。
「大ちゃん・・・もしかして、ヤキモチ?」
一瞬、大きく目を見開いた彼が盛大な溜息と共に再びオレを蹴りながら呟く。
「ったく、舞台舞台ってはしゃぎやがって。そんなに他の奴が作った歌うたいたいのか。お前の美声、安売りしてんじゃねーよ。クソッ。」
「痛い、痛いよ、大ちゃん。」
蹴られながらも、今の彼の言葉を噛み締める。
大ちゃんの中のオレの価値・・・。
純粋に嬉しいかも知れない。
「何へらへらしてんだよ!!」
一層強く蹴られ痛みに顔を顰めていると、彼が急に神妙な顔になった。スッと立ち上がってオレの耳元で囁く。
「今年の夏はお前が根をあげるまで歌わせてやるから、覚悟しな。」
ゾクッとするほど男らしい声。そのままオレの耳たぶに軽いキスを浴びせて、彼はドアを開けた。すると急に聞こえるマネージャーの声。
「貴水さ・・・?あ、お疲れ様です。」
「お疲れ様。ヒロならここにいますよ。」
すでにいつもの柔和な笑顔に戻って言う彼にオレはドギマギしたまま。
「舞台、よろしくお願いしますね。」
「こちらこそ!!」
「今も、accessとは違う良いものを作ろうねって話してたとこですよ。ね、ヒロ。」
まるで何事もなかったかのように微笑む彼。この変わり身の早さにはいつになっても慣れない。
「じゃあ、また。今度はaccessのツアーミーティングで。」
「はい。」
笑って去っていく彼を見送ってマネージャーに急かされるままにオレも部屋を後にする。
全く・・・なんて奴だよ。
乗り込んだ車の中でオレの携帯が鳴り出す。メールの着信音。特別な人からの。
『今日の仕事、終わり。
オフだけど?
暇だけど?
鳴く気があるなら来れば?』
オレ達はお互いの仕事の状況を関知しない。お互いのテリトリーは荒らさない。
言いたくない事は言わなくていい。隠し事だってしていい。上手くつき通せる嘘ならついたって良い。
所詮オレ達はエゴの塊だ。仕事も相手も手に入れたい。どっちも譲れない。
だから時には仕事に私情を持ち込む。私情なんて一切挟んでいないような顔をして、その実、私情まみれの仕事をする。いつ、誰に暴かれるとも知れないそのスリルを楽しむ。
仕事らしい顔が出来なくなった方の負け。
私情が滲み出た方が負け。
それがルール。
オレ達のルール。
オレはもう一度メールの文章を読み返す。
いつまでも泣いてばかりじゃないよ。今度は貴方が鳴かされる番。
オレは行先の変更を告げた。
END20090522